第5回  ■Cafe39■ 


 今日はハノイを発ってフエに向かう日。朝起きて外に出ると、あのクワン少年がいるではないか。彼だったらだまされることはないし、銀行を探すにも彼がいた方が都合がいいと思ったので、おとなひとりしか乗れないシクロにふたりで乗って、いっしょに街の中心部へと繰り出した。しかし油断大敵、ガキとはいえあなどれない、同じ失敗は繰り返すまい……と心の中でつぶやきながら。こうして親子のような友達のような、変なふたりの翔んでもねえTRIPがまた続くことになった。
 道端で将棋をさしている人、長い竹筒で水たばこを吸っている人、路上で野菜を売っている人、あけっぴろげのパーマやさん……、MAGIC STONEと看板に書いてあるので、何かと思ったら、石の彫刻屋さんだった。街の情景をかたっぱしから撮りに撮りまくった。シャッターチャンスが Here,there and everywhere……                         あちこち歩き回って疲れてきた。クワン少年ものどが乾いたというので、彼をお茶に誘うことにした。通りにはカフェがあふれるほどある。どのカフェも閑散としているのに、白人の観光客が我が物顔で占拠している。軒並みあるカフェの中で「Cafe39」に決めた。なぜかそこだけは外人も観光客もいなくて、ベトナム人の客だけでごったがえしていた。何かに吸い込まれるように、そのカフェに入っていった。
 店内は左右に小さなスピーカーがあり、大きな音でビートルズがかかっている。奥には二階につながる階段があって、昔、御茶ノ水にあったジャズ喫茶のようだった。若い客ばかりで、みんな思い思いの雑談にふけり、俺たちのことなど気にもとめるようすはない。外はオープンテラスで満席だったから、奥にすわるしかなかった。                俺はベトナムコーヒーを、クワン少年はコーラを注文し、しばらくは椅子にへばりついていた。だんだん落ち着いてきて、まわりの様子が目に入るようになってきた。ふと見ると、左隣りの席に、人のよさそうな、色白の、どこか日本人ぽい好青年がひとり、壁に貼りつくようにこしかけて、コーヒーを飲んでいた。親近感を感じて話しかけてみた。彼の名はグエン・モン・クワン(なんとクワン少年と同じ名前だ!)といい、郵便局に勤める28歳の独身男性、大学の工学部を卒業していて、給料は月150ドルという。家にはパソコンもあり、バイクも持っている。ベトナムでは中流の上くらいか、エリートに属するといっていいだろう。やぶからぼうにベトナムをどう思うかと聞かれて返事に困った。悪い奴が多くて、ぼられっぱなしで、……なんて話もできないから、ベトナム人は勤勉でみんな働き者だから、将来はもっと経済的に豊かな国になるだろうと答えておいた。俺の言った事が伝わったのかどうか、よくわからなかったが、笑顔でうなずいてくれたので、内心ほっとした。それまでろくな奴と出会っていなかったので、損得勘定なしのたわいもない会話が俺を安堵させた。とても久しぶりに心地良かった。
 彼は俺のために水パイプで吸うたばこを注文してくれた。さっき、路上で男たちが吸っていたヤツだ。実は彼は水パイプたばこが苦手だという。にも関わらず、実際に吸って見せて、吸い方を教えてくれた。が、見事にむせかえった。水の入った竹筒の下の横に、きざみたばこを入れる口がついていて、そこに火を点けて筒の上から吸うのである。試してみたが、あまりのきつさに彼と同じようにむせかえって、息苦しかった。彼と俺は、お互いに顔を見せ合わせて笑った。よく笑った。久しぶりに笑ったような気がした。実に楽しいひとときを彼は与えてくれたのだった。その上コーヒーまでごちそうしてくれると言い出したので、さすがの俺も恐縮して自分で払うからと固辞したのだが、クワン少年の分まで払ってくれた。たかられっぱなしだったから、初めてベトナム人におごってもらって、感激だった。お互い住所交換し、写真を撮り、固く握手をして別れた。とてもいい気分だ。             どこにだっていいやつも悪いやつもいるんだと思った。たまたま運が悪かったから、ぼられるはめになったのだ。これからの旅はきっといいことが待っているに違いない。そんな予感がしてきた。

つづく


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