第3回  ■ぼたっくられっぱなしのハノイの夜だった■


 こうしてぼられ作戦にまんまと引っ掛かっていく。コアンは舎弟みたいな奴に言ったに 違いない。こいつはがめついから心してぼったくれ、俺の分までしっかりぼったくれ。
 まず、ホアンキム湖畔のバイクでのドライブ。俺は小躍りして彼のバイクの後ろに乗っ たものだ。そして写真を撮りまくった。行く先々で彼のドリンク代まで払わされた。一通 り観光が終わると、彼は俺をディスコに連れていった。日曜日ともあって、ディスコは若 者から老人でいっぱい、みんなテクノミュージックに合わせて踊っていた。特に目につい たのは、70歳位の老人が体をくねらせて踊る姿だった。さすがはベトナム人、ベトナム戦 争でアメリカに勝っただけのことはある。老人といえどもパワフルだと感心した。
 踊り疲れると、今度はカラオケに行こうと言いだした。カラオケなんて好きじゃないけ ど、その時の俺は好奇心のほうがまさっていた。ディスコは2階にあったが、カラオケバ ーは同じビルの1階の奥、薄暗いところにあった。なんだか怪しげなところに案内されて しまったなと思っていると、女が5人やってきて、気に入ったのを誰か選べという。俺は 戸惑ったが、22歳位のいなかっぽいボインの女を選んだ。彼は25歳位の怪しい女を選んだ 。俺たちのビールや女のドリンクを注文すると、女と彼と、交代で歌い出した。俺はカラ オケは大の苦手。ぽかーんとハノイビールを飲みながら聞いていた。
 その間、小一時間位のものだったと思う。いざ会計の時になって、なんと40ドルも請求 されたのである。昨夜行ったジャズクラブではビールが1ドル半だった。どう考えても高 すぎる。マネージャー風の男に明細を見せろと抗議すると、彼は頑として聞き入れなかっ た。やくざ風の強面だったし、そこは渋々払うことにした。俺は怒って店を出た。ところ が待てども待てども奴が店から出てこない。どうしたのかと思ってカラオケバーに戻って みると、奴と強面のマネージャーが何やら立ち話をしているではないか。“You  are taiking commission?”と言ったら図星だったらしい。びっ くりして俺の方を振り返った。
 俺は奴とそこで別れることにした。そしてカラオケバーで同席した女ふたりと、なぜか いっしょにメシを食うはめになった。アメリカ風のレストランに連れていかれ、女ふたり は飲んだり食ったりしながら、奴は悪い奴で私たちには何もくれないと、たどたどしい英 語で訴えかけた。やがてひとりが帰り、もうひとりもいなくなり、会計をしてまた驚いた 。今度は400,000ドン(28ドル)請求された。マネージャーに明細を見せろと言うと、し ばらくしてトータルが165,000ドン(11.4ドル)になった明細書を持ってきた。それでも相当ぼったくられている。抗議すると、あの女ふたりは悪い奴 で、自分は関係ないんだという顔をした。あとでコッミッションを払うことになっていた のだろう。
 ディスコ代にカラオケ代、飲食代、全部合わせても60ドル位だから、授業料と思ってあ きらめることにした。ホテルに戻ってウェストバッグを開けてぎょっとした。日本を発つ 前、銀行で10ドル紙幣で50枚両替した札束がやけに薄いではないか。数えてみたら200ド ル位少ない。いつどこでやられたんだろう。ウェストバッグは腰から肌身離さず持ってい た。バイクの後ろに乗っている時にやられたか。ディスコで踊っている時にやられたのか 。全く思い当たらない。ちくしょう!くやしいが証拠がない。犯人を特定することができ ない。
 しかし、見事な腕前だ。むしろ感心してしまうくらいだ。高い授業料になってしまった けれど、命まで取られたわけではない。まだ旅は始まったばかりだ。潔くあきらめて、旅 を続けよう。人を簡単に信用するなという、いい戒めなのだ。明日は心をひきしめて、町 を出よう。・・・・

つづく


第2話へ・・・ 第4話へ・・・