無視できない虫ゴム知識
PTジャーナル・第34巻第7号・2000年7月(P498)
第5回千葉県理学療法士学会発表・2000年2月
1昨年、地方新聞の一面に、老人ホームの入所者が車椅子のブレーキ事故により転倒して
死亡、遺族が市当局に抗議したという内容の記事を目にした。
車椅子のブレーキ故障は、医療・介護の現場でよく見かけるが、整備ができる人物は意外に
少ない。行えないために放置された結果という可能性は否めない。
医療・介護の現場で、故障の危険性にいち早く気づいて、直ちにその場で整備を行えれば
一番理想的である。ところが専門家であるPT(理学療法士)でさえ、その対処方法をほとんど
知らないのではないかと考え、昨年、千葉県士会の新人教育研修会でアンケート調査を行った。
調査は車椅子の空気圧保持の要となる「虫ゴム」の知識と整備に関する意識を中心に行った。
対象は主催者と参加者の38名、性別は男性11名、女性27名、年齢は21〜39歳、
平均25.5歳であった。
結果は、虫ゴムの知識が「ある」が13名、「ない」が25名、全体の約2/3が知識を持ち合わ
せていなかった。年代別では、30代の9名中、知識が「ある」が6名、「ない」が3名、20代では
29名中、知識が「ある」が7名、「ない」が22名であった。
30代のベテランPTは約2/3に知識がある反面、20代では1/4と大きく低下していた。
知識を確かめる意味で、簡単に図示してもらったが、ゴムキャップやタイヤ(?!)自体を勘違い
しているケースが意外に多かった。また、知識のある13名中、過去に交換の経験のある人は
10名で、この10名はいずれも病院・施設内で積極的に交換している事実が伺えた。
そこで「虫ゴム」の知識を得た場所を問うと、知識の「ある」13名中、職場や実習地での指導
が最も多く7名、次いで自転車屋が2名、父親・患者(!!)からがそれぞれ1名、無回答が2名で
あった。
その中でやはり気になるのは、「養成校や卒後研修で知識を得た」とする者が1名もいない
という事実で、今まで常識の範疇として整備教育を軽視してきた背景や、当局の認識の甘さが
浮かび上がってくる。
次にリハビリ室に「空気入れ」を常置してあるかとの問いには、38名中「ある」が31名、「ない」
が7名と、約8割のリハビリ部門が車椅子整備の一端を担っていることがわかった。
そして最後に、車椅子整備はリハビリ部門が主導すべきかとの問いには、38名中「すべき」が
22名、「すべきでない」が14名、無回答が2名であった。
リハビリ部門の規模により主導ができないとの回答が多かったが、車椅子の操作指導・講習会
時に、空気圧やブレーキ自体の「整備指導」を含めることも、専門家として必要ではないだろうか。
通常の車椅子では、タイヤの正常な空気圧が駆動力を軽減し、ブレーキに十分な制動力を与
えるようになっている。空気圧不足は、駆動に対する抵抗増大(利用者の負担増加)となり、同時
にブレーキの効きを低下(利用者の危険増加)させる。
ブレーキが効かない乗り物は事故の危険性を急激に高め、下手をすれば致命傷につながり、
控訴問題にもなりかねない。
空気を入れれば直ちに解決しそうな整備も、逆にパンクの引き金となることも多い。
そこで原因となる「虫ゴム」の知識の有無がその後の、利用者・車椅子の運命を変えるカギになる。
「虫ゴム」とは、空気口の丸い金属バルブを左に回して外し、中央の円筒状の金属を引っ張ると、
その下について出てくる円筒状のゴムのことである。このマカロニ型のゴムが空気の逆流を防止
して空気圧を正常に保つのだが、早くて2年程で劣化し空気漏れを起こすため、定期点検と交換
が欠かせない。
安価で手間は5分とかからず、裏技的には点滴チューブを切ったものでも代用が可能である。
PTの急激な増加の中で、教育・体験をベースとした「虫ゴム」知識を浸透させることが、車椅子
そして高齢者・障害者の運命を握っているといっても決して過言ではない。
(介護型リハビリシステム研究所)