団子談義


路面電車を下りると聡子は、大通りの瓦斯灯に火が点るのを見た。
目当ての倉谷の家はそこから裏に入ってちょっと歩いたところだった。
途中、千鳥足の酔っ払いが向こうからやってきたので、聡子は顔をしかめて、狭い路地だったがなるべく離れてすれ違った。
割合上手い字で書かれた表札を見つけ、玄関を叩いた。
表札は新しかったが、家屋は酷いあばら屋だった。

「はい」
という返事が聞こえ、どなた?と小さな扉の向こうで尋ねた。
「図師です」
そう答えると、
「あら、聡子さん」
と、扉が開いた。
玄関は狭く、小さな裸電球が弱々しい光りで足元を照らしていた。
「今晩は、早苗さん」
「今晩は。いかがしたの、こんな時分に」
倉谷の細君は久しぶりに会った叔母に、にこにこと微笑しながら尋ねた。
「近くまできたものだから」
「そうですか」
狭いですけどどうぞ、と早苗は聡子を招き入れた。
玄関をあがるとそこはすぐ居間だった。
小さなちゃぶ台が置かれていた。
「智裕さんはまだ、お仕事?」
聡子は膝を折りながら聞いた。
「はい、まだアトリエにいらっしゃいます」
早苗は湯を沸かしつつ、古ぼけた座布団を聡子に勧めた。
「どうぞ、おかまいなく。ああ、そうそう、これ、つまらないものですけど」
そう言いながら、風呂敷きを解いて土産物を取り出した。
早苗の実家近くの菓子屋の串団子だった。
「あら、来栖屋さんの?」
「早苗さん、大好きでしたでしょ」
「ええ、ええ」
早苗と聡子はくすくすと控えめに笑いあった。

今晩も夏日のようで、この時間になっても暑さは和らぐことがなかった。
ようやく沸いた湯を急須(きゅうす)に注ぎながら、早苗は、
「そんなに困ったことはなくてよ」
とこと更な笑みで聡子に返した。
「でも、あなたのような子がこんな……」
聡子は視線を巡らせ、風が無く、ちっとも動かない風鈴を見た。
狭い窓の障子はところどころ破れて継ぎはぎされていた。
その間から小さな虫が出たり入ったりしていた。
「貧乏してます」
と可笑しそうに早苗は笑った。
それを見て聡子は、
「いい?早苗さん。男の方には甲斐性ってものがあるのよ」
とちょっとため息をついた。
「本当。不甲斐ない良人です」
粗茶ですが、と湯飲みを置きながら答えた。
「早苗さんなら、いくらでも他に話があったでしょうに」
実際、この叔母も幾つか見合いを持ち掛けていた。
どれも悪い縁組みではなかった。
「でも、倉谷も私も、好きになってしまったんだから、しかたありませんわ」
「いくら相愛といっても、ちょっとの交際だったじゃありませんか」
「ええ。早すぎて恥ずかしいくらい」
本当に恥ずかしかったのか、心持ち彼女は赤くなった。

聡子は、そういって赤面する姪が昔から好きであった。
だからこそ、彼女の幸せを望んでいたが、それをこんなあばら屋に押し込めた倉谷が尚更許せなかった。
「もっと、じっくり選んでも良かったんじゃなくって?生涯の相手なのよ?」
しかし、そういう剣幕の叔母を見て、早苗は不思議そうであった。
「だって聡子さん、それは例えばなんですけど」
と聡子の手土産を指差して言った。
「お団子って、タレとかあんことかありますよね?」
「ええ。……」
相づちをうったは良いが、聡子は唐突な話題の真意を計りかねて当惑した。
「いろいろありますけど」
「本当にいろいろと。でも、忘れてはいけないのは、どうして串団子は串団子なのか」
早苗は右手の人差し指と親指でわっかを作って、これがお団子だと思って、と言った。
そうして、左手の人差し指を立てて、そのわっかに重ねた。
「こうやって串でまとまってるのよ。でも、その串って、例えば美味しいとか、不味いとか、話題にされることないでしょ?でも、これがないと串団子じゃないの」
お団子をまとめてるのにね、とそうにっこり微笑んだ早苗に聡子は
「かなわないわね」
とあきれながらも、一緒になって笑う他がなかった。

誰が何と言おうと、これは湯飲みです。(笑)


あとがき

唐突ですが、オリジナルのショートストーリー…って言うほどのものじゃないですが、まあ、「短いお話」です。この手の話でオリジナルは実は初めてなのですが、いかがなもんだったでしょうか?
何か短すぎて、よく分からんってのが大方の感想でしょうね。(^_^;;) いや、もっと長くしても良かったんですが。…時間がなくって。

さて、なんでこんな話を書くことになったかといいますと、先日の夜に、「Izumi's HP」の沢 出水さんと2時間程、長電話してたんですね。で、同じシチュエーションを元にして、それぞれ話を一週間でかきあげてHPにUPしたら面白いんじゃないか、ってことになったんです。そのシチュエーションっていうのが、「愛し合う二人がいて、そのライバルが現れるが、結局二人は何も変わらない」って話なんです。元々は、沢さんが「俺って何書いても普通の話になっちゃうんだよね。例えライバルが現れても何も起きないんだ。云々」って話してたのを、それも面白いんじゃないかと二人で合点しまして、それをじゃあ、書いてみようってことになった訳です。

それで、決めたのが主人公の名前が「智裕」ということと、ヒロインの名前が「早苗」ということだけ。(笑)
あとは自由に、「ライバルが現れても何も起きない話」にすればOKだったのですが、書いてたら何となくこんな風になっちゃいました。しかも、主人公であるはずの「智裕」君は一個所、名前だけ出てきただけ。(笑)

さてさて、何だかよく分からない話かもしれませんが、タイトルの「団子談義」(これも意味不明ですが^_^;;)が韻を踏んでることだけでも気が付いて頂ければ幸いです。あと、沢さんの話も合わせて読んで頂けるともっと幸いですね。(笑)

沢 出水 様 「Izumi's HP」はこちら


Wed, 15 Mar 2000 さむな

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