東北を走る701系電車の現状と問題点

 

        --地方において分割民営化の理念は生かされているか---

 

                       通勤電車を考える岩手県民の会

                         代表  鈴 木 一 夫

 

1.はじめに

 

 岩手県では、 平成612月に盛岡・一ノ関間の列車が新型電車(701系)になった。首都圏で大量使用されている209系と類似の3扉ロングシート車である。それ以前は4人掛けボックスのある50系客車で37両編成の運用であったものが、新型電車では24両編成になった。立席中心のロングシート車で車両数がほぼ半減されたことにより、座席数は大幅に減少しラッシュ時には首都圏同等の混雑が発生した。それは、積み残しを生じたり、あまりの混みように具合を悪くする人が出るほどのものである。

 この電車は岩手に先立ち秋田・青森・山形地区で導入されたが、やはり車両数の大幅削減により大変な混雑が生じJRには利用者の苦情が殺到した。それに対して何の改善も図られないまま岩手に導入されている。

 「通勤電車を考える岩手県民の会」は、この状況に危機感を持った有志により結成され、この電車の改善を求める活動をしてきた。以下では、東北各地に導入されているこの701系電車の現状と問題点について、できるだけ客観的に報告したい。

 

2.車両数・着席率の変化

 

 平成612月に盛岡地区に導入された701系電車の車両数は30車両。以前の50系客車は一掃され、この30両だけで盛岡・一ノ関間の運用が行われている。

 新聞報道(平成6129日岩手日報)によれば、「盛岡・一ノ関間の新型列車導入は上下合わせて68本。上りは以前より28車両減、座席数も単純計算では5千席少ない4700席余り。下りは32車両減、座席数は5700席減の4280席余り」とあり、要するに片道で通算5千席以上の座席が削減されたことになる。

 具体的な例で着席率(座席数/定員)を計算すると、50系客車7両(座席数495、立席189、総客室面積148m^2)の定員(684名)が701系電車4両(座席数204、立席332、総客室面積130m^2)に乗ると着席率は72%から30%になり、50系客車4両(座席数281、立席107、総客室面積84m^2)の定員(388名)が701系電車2両(座席数102、立席166、総客室面積65m^2)に乗ると着席率は72%から26%とほぼ3分の1に減少する。車内の客室面積も減少し、7両から4両になった場合は18m^24両から2両になった場合は19m^2も減少する。乗客は、座席数を半減された上に客室内のスペースまでも削減されたことになる。

導入後の平成72月中旬に国労盛岡支部が行った利用者アンケート調査(3千枚を配布して753名が郵送により回答)によれば、この電車に関して「賛成」5%、「反対」87%、「どちらでも」8%という結果で利用者の不満の大きさが分かる(平成7316日岩手日報)。岩手日報の読者声欄には、この電車の改善を求める声が導入1年を過ぎても掲載された。社説で取り上げられたこともある。週刊誌「アエラ」にも「北国は迷惑千万都会型新型車両」と題して取り上げられた[1]。特定車両の改善を求める声がこれ程まで沸き起こることは、国鉄時代からの鉄道車両の歴史を見ても未だかつてないことである。

 

3.701系電車の特徴と他県への導入状況

 

3.1 701系電車の特徴

 701系電車の基本設計は、「価格半分、寿命半分、重量半分、ノーメンテナンス」をモットーとして開発され首都圏の京浜東北線などで大量使用されている209系と類似している。冷房がつき、乗降をスムーズにするため両開き片側3扉となり、低床ホームからの利用も考えてステップが設けられた。寒冷地への導入を配慮して扉を半自動としたが、袖仕切りは209系と同一である。車イス用のスペースも設けられ、2両編成では運賃箱や整理券発行機等が設置されワンマン運転も可能になっている[2]

 

3.2 他県への導入状況

 この電車は、平成56月に奥羽本線の山形・大館間と羽越本線の秋田・酒田間に導入され、混雑する客車列車から暫定的に置き換えが行われた。同年の12月からは奥羽本線の山形・青森間、羽越本線の秋田・酒田間のローカル列車の大半がこの電車になり、東北本線の青森・浅虫温泉間と津軽線の青森・蟹田間にも使用されるようになった。

 これらの県でも不満の声が上がり、陸奥新報(平成614日)では「すし詰め通勤いや!」「JR奥羽本線新型電車に不満続出」「定員増裏目に」「増結困難、解決策なし?」という大小多くの見出しによって社会面で大きく取り上げられてる。

 しかし、このような利用者の不満に何ら本質的な改善がなされないままその後も導入が押し進められた。平成73月からは一ノ関・仙台間に、同年12月からは黒磯・郡山間に、そして平成83月からは東北線の盛岡・青森間も701系に置き換えられた。平成75月には新潟にも直流型の同型車(E127系)が導入されている。いずれも、車両数を大幅削減しての導入である。

 

4.JR東日本の701系導入意図

 

4.1 秋田地区への導入理由

 JR東日本はどのような意図でこの電車を東北地方に投入し、その結果をどのように評価しているのだろうか。

 「鉄道ジャーナル」をもとにすると、秋田地区への701系の導入理由は「50系客車の牽引機ED75型機関車の老朽化が著しく大量取り替えの時期に来ている」「利用者減少傾向に歯止めをかけるため思い切った施策が必要であり、電車化や快速電車の設定で普通列車のイメージチェンジを図りたい」「機関車付替え等の非効率な構内作業を簡素化したい」「地元工場での電車製造を通して車両保守技術や社員の意欲向上を図りたい」ことに

あるようである[3]。半年の間に100億円をかけて89両の701系電車が投入され客車列車

が一掃された。この電車の導入で終端駅での構内作業や保守作業("3K"作業)が簡略化され、秋田駅では構内作業の40%近くを削減できたという。

 この電車導入によるダイヤ作成にあたっては、秋田県内の有識者で構成される鉄道懇話会の意見を聞きながら新たに快速電車が設定され、その名称は一般公募をして決定されている。その快速電車により秋田・大館間は所要時間が30分も短縮され、1時間28分で結ばれるようになった。

 しかし、車両数及び座席数が削減されたことによる混雑でJR東日本には苦情が殺到した。それに対してJR秋田支社は「昨年夏に701系の第一陣が登場した頃には、落ち着かない、坐れないといった苦情が多かった。しかし、それから半年近くたち、山形・秋田ではそうした声も少なくなった」と述べている[4]。他の文献で見ても、導入当初は不満が多かったが1年たつと苦情はほとんどなくなり、「乗り心地の格段の向上とあいまって、お客様の声はおおむね好意的である」としている[5]

 

4.2 ロングシート化の理由

 701系をロングシート化した理由は、多くの乗客を乗せることができるということの他に、車内で飲食や喫煙をさせないことにあるようである。「鉄道ジャーナル」は、JR東日本秋田支社を取材してこのことを伝えている[4]。確かに、ロングシートになりゴミの総体量は格段に減少した。清掃作業は相当効率化できたのではないかと思われる。

 首都圏では、通勤ライナーや2階建て電車などが投入され何とか着席させようとの努力がなされている。他のJRも、通勤・通学時にはむしろ着席サービスを重視した快速電車を投入しようと努力している。座席数を大幅に削減して導入された東北の701系電車は、このような動きにも逆行していると言わざるをえない。

 

4.3 盛岡地区への導入理由

 盛岡地区への701系導入理由も秋田地区と同様と思われる。盛岡地区への投入経緯を見ると、秋田地区のような懇話会が開かれた様子はなく、快速電車が新設されたわけでもない。これまで走っていた50系が単純に701系に置き換えられただけで、しかも車両数がほぼ半減されている。時間短縮も、盛岡・一ノ関間で10分のみ。利用者は、単にこれまでの半分の車両に押し込まれたにすぎない。これをJR東日本からみれば、費用半分で作成した電車で現場の"3K"作業を大幅に削減でき、しかもこれまでの半分の車両で運用できるわけであるから、経営上は大変なメリットがあったと思われる。

 

5.車体構造上の問題点

 

 701系電車は、軽量化と製作費切り詰めのために骨組みの大半が省略されており、組み立てた構造をスポット溶接で張り合わせる6面組み立て工法が採用されている[6]。骨組みを簡略化した分、材料自体の強度は増していると思われるが、導入されて2年も経たたない奥羽・羽越線の701系電車では、どの車両にも程度の差こそあれ車体中央部の外板にシワが現れている。このシワに対して「安全性に不安がある」との投書(平成728日岩手日報)もあったが、JR東日本盛岡支社は「車体強度は日本工業規格(JIS)に定められている試験方法により強度試験を実施し、安全性を確保できる構造であることを確認している。」「車体側板の『しわ』は、塗装を行わないステンレス車体のため目につくもので強度上の問題はない。」と回答している。

 平成7年は、観光バスや高速バスが簡単につぶれる事故が相次いだ。車体の軽量化に伴い強度が弱くなったのが原因とされている。運輸省の保安基準では、バスの車体強度は運行に耐える必要があるだけで衝突に耐えうる強度までは求められていない(平成797日朝日新聞)。電車の保安基準も衝突に耐えうる強度は要求されていない。万が一の事故の場合、高速バスと同様の重大事故にならないことを祈るのみである。

 

6.電車運用上の問題点

 

 701系電車のようなロングシート電車は、 本来は近距離輸送のラッシュ対策として開発されたものである。実際、近距離区間の利用者はあまりこの電車に不満を感じることはなく、他県でも近距離区間でしか運用されていないところでは不満の声は少ない。

 しかし、秋田や岩手では、この電車は100km近い中長距離区間で運行されている。「一ノ関・青森」「青森・秋田」など、全国でも有数の長距離普通列車にさえ投入されている。ロングシートになって、長時間乗車の乗客は車内で飲食や仕事ができなくなり、グループで乗車した場合は相互の語らいもできなくなった。乗客は、車内でのいろいろな有効時間を奪われたことになる。また、車両数削減により座席数が半減し坐れる確率も半減した。中長距離利用者にとって座れないことは切実な問題である。

 

7.接客設備の上の問題点

 

 この電車は、車両数削減で坐れなくなったということに他に、接客設備の上でも多くの問題がある。

 ロングシートになって、座席で仕事や勉強ができなくなった。帰りの列車で同僚との語らいもできない。朝は早朝から大変な混雑で、車内でゆっくり朝食を取ることもできない。周りの迷惑になるのでゆっくり新聞も開けない。冬季の着膨れ状態では、着席しても全員が背中を押しつけることができない。ロングシート座席には頭をもたせかける部分がなく、長時間乗車では眠る姿勢が取りにくく首や背中が疲れる。

 ドアは両開きで片側3扉。ドア幅が広く、ロングシートで遮蔽物が何もないため、冬季にドアが開くと車内の暖気が一気に逃げ代わりに寒気が吹き込む。盛岡地区では早朝は氷点下10度を下回ることもある。真冬日が1週間以上連続することもあり、寒波の時は車内温度が10度にまで低下した例がある。

 ドアは各自でボタンを押して開閉する方式であるが、その度に「ピポーン」とかん高い音が2回もなる。ドアは3箇所あるので、利用者の多い駅ではそれらが互いに共鳴しながら一斉に鳴り響く。それは音圧7580dB、周波数15002000Hzの音で、この音を長期にわたり持続的に聞き続けると軽い難聴を引き起こす危険性があるとする医学文献もある[7]。盛岡地区の車両は昨年音が低めになるように改善されたものの、他地区の車両は依然として大音量のままである。

 座席の暖房の暖気は直接ふくらはぎに当たる。数駅なら暖かいですむが、長く座っていると熱くてたまらない。これは座席の位置によらずどこに座っても同じで、少なくとも片方の足には当たる。ヒーターの温度は70度前後。ヒーターとふくらはぎとの距離は10数センチしかない。

 混雑時に立っている人がつかまるところは吊革だけである。ポールは入口付近にしかなく、ラッシュ時には中に入ってもつかまる場所がない。混雑率200%以上のときは、1車輌で100名以上はつかまる場所がないことになる。それに加えるに、車端部では揺れが大きいことなどから、混雑時には立客の転倒が将棋倒しを引き起こす危険もある。

 身障者に配慮して車いすスペースが設けられたが、それは実際にはトイレの向かい側にありゴミ箱や喫煙場所と同居している。

 これらのうち半数以上は「ロングシート」であることに起因しており、701系だけではなくロングシート車全般にいえる問題と思われる。しかし、近距離しか乗らないのであれば、坐れなくても、車内で仕事や飲食ができなくとも、眠れなくともそれほど気にはならない。乗車時間が長い中長距離区間での運用であること、そして氷点下10度を超えることもある寒冷地での使用であるということに問題がある。

 

8.混雑率計算上の問題点

 

岩手では、車両数を削減するにあたり事前に乗客数の調査が行われた。車掌がカウンター片手に車内を頻繁に往復していた。車両を削減するとどの程度の混雑になるかは、当然のことながらあらかじめ計算していたはずである。

 同じ車両数で比較すると、701系の4両編成は定員536名(座席数204名、立席数332名)、従来車種(50系)の4両編成(オハフ503両+オハ501両)では定員388名(座席数281名、立席数107名)。定員が148名増えた分、座席数が77名も減少して代わりに立席が225名も増えている。定員が乗ったときの着席率は7014両は38%、504両では72%。同じ車両数でも、ロングシート車になるだけで着席率はほぼ半減する。

 

8.1 混雑率

 従来の7両編成の50系客車が4両編成の701系電車になった場合の混雑率を、もう少し詳細に検討してみる。

 客車7両は車掌室のあるなしが混在するので、車掌室有り5両、車掌室なし2両とするとその定員は684名。電車4両の定員は536名なので、単純に計算すると混雑率は128(684/536)となる。しかし、701系のような電車の立席定員は座席以外の部分は床面積で算定される。JR分割以前に製造された50系のような客車の定員は客室内収容を前提としているのでデッキ部分やボックス間の通路部は考慮されていない。50系客車はデッキ部分や通路部分には乗客がいないものとして定員が算出されるが、混雑時にはこの部分にもかなりの人数が乗る。つまり、50系客車と701系電車の定員は、互いに異なる算出基準で計算されていることになる。

 JR以降の新形式車は運輸省令(普通鉄道構造規則)やJIS(通勤電車車体の設計通則)で定める方式を採用しており、床面積のうちロングシートの座席の前方25cm分を座る人の専有面積とし(クロスシートの間はすべて座る人の占有とする)、残った床面積を0.3m/sec^2 で割った数を立席定員として定めるようになっている[8]

 そこで、公表されている車体構造図[9]を元に50系客車のデッキ部分や客室内の通路面積も含めた床面積を計算し、それを0.3m/sec^2 で割って立席人数を計算し直してみた。それによると、客車7両の座席も含めた定員は926名(座席数495名、立席431名)となる。これが、701系電車と同じ算出基準で計算した50系客車の定員である。701系電車4両の定員は536名(座席数204名、立席332名)なので、実に座席数291名、立席数99名の減少で、定員が390名も減少したことになる。これをもとにすると、客車7両から電車4両になった場合の混雑率は173(926/536)、着席率は53%(495/926)から22%(204/926)と大幅に減少する。

 一人当たりの床面積0.3m/sec^21平方メートルあたりの人数では約3名で、「立っている人が触れることがない」という状態である。5名は「衣服が軽く触れる程度」、7名は「肩や肘に圧力を感じる程度」の状態である[10]。客車7両で1平方メートル当たり5名の混み具合(朝夕の混雑は、平均するとこれに近いと思われる)で計算すると、乗車人数は1166名。その人数を電車4両に乗せると混雑率は217%。その場合の着席率は17%でしかない。朝夕は客車7両でもけっこうな混雑であった。それが電車4両になることによる混雑率は、軽く200%を越えていたことが分かる。

 

8.2 人道上の問題

 ロングシートになって詰め込みが効くとはいっても、そうむやみに詰め込んでいいとは思われない。 鉄道会社は「人道上問題になる200%程度までは、経営上の判断で詰め込んでも差し支えない」とされているようであるが[11]701系導入当初の混雑具合はそれをはるかに越える詰め込みになっていたのではないかと思われる。JR東日本が定員や混雑率のような基本的な計算でミスを犯すとは思えないので、この定員の2倍を超える混雑はむしろ意図的なものであると思わざるをえない。

 人間の生理反応としては、混雑率が200%を超えると心拍数の変化率、手掌皮膚抵抗値変化率、そしてフリッカー値変化率が急激に上昇する。それは、それぞれ身体的負担の増大、不快感の増大、そして職場に着いてからの心身の機能低下の原因になるといわれている[12]

 JR東日本は、首都圏では通勤ライナーや2階建て電車の投入などで混雑を緩和して着席率を何とか高めようと努力している。その一方、着席サービスがある程度実現できていた東北においては、このような人道上問題であるかもしれない混雑を車両数の削減により意図的に引き起こしていることになる。

 

9.「坐れない」ことの問題点

 

 飛行機、船舶、高速バス、マイカーでは、いずれも「立つ」ということは考えられない。一般の中長距離バスも、ラッシュ時以外は大体着席可能であり、着席できなければ直ちに後続便が手配されることもある。つまり、中長距離を移動する車両で着席可能性がもっとも配慮されていない交通機関が鉄道であるということになる。

 利用者は、坐れなければ他の坐れる交通手段を探せばよく、そのような手段が存在する場合は坐れない車両を利用し続けなければならない理由は何もない。鉄道ジャーナルの編集部でも、立っている場合は車内サービスが限定されるという点から「"坐れない列車"というのはトータルで考えた場合、残念ながら"欠陥商品"と言わざるを得ないだろう」としている[13]。当時の国鉄常務理事であった須田寛氏(現JR東海会長)は、「少なくとも鉄道以外の他交通機関は近距離バスのような例外を除けば、全て座席サービスは当然の前提となっているのである。」「このような状況下に一人鉄道だけが完全な座席提供サービスを行わずに営業していたのでは、お客様の選択が次第に得られなくなり、いわゆる " 鉄道ばなれ"につながるというおそれが大きい。」と述べている[14]

 東京大学工学部教授の曾根悟氏は、首都圏ではラッシュ時の着席率は1/617%)、中京圏や関西圏での着席率は路線により20%〜70%と差はあるものの平均すれば50%程度、英・ 仏・独・米・加での郊外からの通勤列車の着席率は事実上100%、低水準にあるといわれるイタリアでもラッシュピーク時の最大断面での着席率は70%を超えていると述べている[15]

JR分割後は、新幹線で全車2階建てのMAXE1系)が新製されているほか、常磐線で2階建ての普通列車が試行的に運行され、その結果が通勤快速「湘南ライナー」における全2階建て電車(215系)の投入にも生かされた。いずれも、着席率を高めたいということからの施策と思われる。

 このようなことを考えると、それまである程度の着席が可能であった地区で、車両数と座席数を大幅に削減して首都圏同等の混雑を意図的に引き起こすことは、JRの経営上の問題を差し引いて考えても公共性の強い鉄道会社の施策としては大きな問題があると思われる。

 

10.消費者保護上の問題点

 

 東北の多くの県では、JR東日本以外に大量輸送機関がない。地方とはいえ中心部での渋滞は激しく、冬季には路面凍結のためクルマの利用は非常に危険な状況となるが、701系電車の混雑を嫌い、「座れる」自家用車に多くの列車利用客がシフトしたといわれる。

乗客は、ある日突然車両数を削減されて首都圏同等の混雑を強いられても、他に選択の余地が無い以上それに甘んずるしかない。それに対する苦情が殺到しても何ら有効な改善策は施されず、次々と同じことが各県で引き起こされている。座席数の大幅削減という乗客にとっては実質的に運賃値上げに等しいことが、何のチェックもなく一鉄道会社だけの判断で行われており、座席数の削減は運輸省の認可事項にさえなっていない。地元の自治体や行政監察局としても、「民間企業の経営上の判断に立ち入ることはできない」との理由でJRに対して何ら有効な対策を取り得ないでいる。

 首都圏では通勤・通学時にできるだけ座席を確保しようと各社努力中である。JR東日本でさえ、東京・平塚間などでは定員制の湘南ライナーを増発するなど長距離通勤者に配慮している。「ロングシート車が首都圏で定着している」ことを理由に混雑だけ首都圏並みにすることは、地域間格差をなお一層助長するだけのことでしかない。首都圏では着席サービスを重視した電車を走らせておきながら、地方では逆に車両を削減して座席半減の電車を走らせるなど地域間不均衡そのものである。他に替わりうる代替交通機関がない以上、JR利用者は全くなすすべがない。苦情が聞き入れられなくても、いやでもJRを利用せざるを得ないのである。民営化されたとはいえ、実質的な公共交通機関におけるこの事態は、消費者保護の立場から見て大きな問題があると思われる。

 

11.地域性から見た問題点

 

 車両数半減の混雑を嫌って自家用車通勤になると、それは道路の混雑や排気ガスの増加を伴う。また、岩手の場合は県中央の平野部を縦断する形で約2030kmおきに県の主要都市が連続し、各都市は相互補完的に通勤・通学客を補給しあい50km以上の通勤・通学者も珍しくない。盛岡への通勤圏は北上・水沢まで、一関への通勤圏も北上・花巻にまで及んでいる。沿線沿いには工業団地や高校・大学等の文教施設が多数あり、高校は都市部に集中せず分散してほとんど各駅に高校がある。乗降客数もほとんどの駅で千名以上である。これらは、秋田・ 青森・山形など701系電車が導入されてきた東北の各県と大きく異なる点であり、岩手県において特に701系に対する反発が強いことと無縁ではないと思われる。

 また、東北の旅行客にとっても、ロングシート電車では飲食しながら外の景色を眺めたり周りの人と会話しながら旅を楽しむような雰囲気はでない。そもそも、日中といえども座れるとは限らず、時間帯によっては立ったままギュウギュウ詰めの旅行を強いられる場合もある。一度そのような経験をした旅行客が、再度その地を訪れてくれるのだろうか。多くの観光地を抱える東北にとって、長期的な影響があるのではないかと危惧される。

 

12.JR東日本の対応

 

 殺到する苦情に対して、JR東日本盛岡支社は平成7225日付岩手日報の声欄に初めて回答を寄せた。その要点は以下の通りである。

 

・「坐れるようにしてほしい」「吊革に手が届かない」などの要望もあるが、「乗降が楽になった」「車内の汚れも少なくきれいになった」などの意見もいただいている。

・これから21世紀に向けて岩手県の都市圏輸送を担い、沿線都市の発展を考慮するとロングシートの方が最終的にお客様に定着するものと判断している。

1車両の座席数は従来より15席ほど少ない54席となっており、坐れなくなったお客様が多くなったことは事実である。導入後およそ2カ月の実態調査の結果、220日より一部列車に増車することにした。

・吊革については、ご要望にお答えするべく改善に取り組んでいる。

・車内中央付近に設けているシルバーシート表示の見直しも検討している。もうしばらくお待ちいただきたい。

・「安全とお客様第一」をモットーに信頼性の高い交通機関として、皆様のお役に立てる会社を目指しているのでご理解をお願いしたい。

 

この後も、「利用者に理解されている」「北国では実績のある車両である」等の回答を繰り返し、何ら根本的な改善を図る気配をみせていない。

 これまでに改善されたのは、この回答にある増車を含めて3往復で2両ずつの増車が行われた。それは、盛岡周辺の朝夕の混雑緩和にはあまり関係しない時間帯での増車である。シルバーシートが目立つように「オレンジ色のカバー」が掛けられた。吊革の長さが長くなったが、今度は吊革の革の部分が30cm(ポールから把手までだと45cm)になり、身体の安定性を保ち難くなっている。盛岡以北導入にあたっては、吊革の数が1両あたり30本増やされた。「ドア開閉時の音」の音量は、平成8年に大幅に引下げられ気にならなくなった。冬期の「座席下の暖房」で足の熱さは改善されたが、今度は車内温度が低下した。寒波の時には10度近くまで低下したこともある。

 岩手日報の声欄には「ボックス型座席にして欲しい」との声が何度か寄せられた。701系電車は平成93月開業予定の田沢湖線にも投入が予定されており、この線区用の701系車両にはボックス座席が千鳥型に配置されている。これまでの反省に基づくものと思われるが、既存の701系車両の改造が行われるかどうかは不明である。

いずれにしろ、事態の根本的な改善は何ら図られていない。利用者のJRに対する不信感が増大し、鉄道を愛する気持ちが失われていくのではないかと危惧される。

 

13.おわりに

 

 JR東日本は、すでに東北全県に701系電車もしくはその同型車を投入した。各地の乗客の不満をものともせず、何ら本質的な改善はなされていない。それは、JR東日本がこの電車に並々ならぬ決意で当たっているということを意味する。

 採算の厳しい東北の地方路線において、民営化されてより経営の合理化を進めなければならないJR東日本側の事情は理解できるが、地方における鉄道の意義を考えるとそれは交通弱者の切り捨てによってなされてはならないはずである。中長距離を乗り通す乗客も多い東北でのロングシート車投入は、その地域の輸送体系を無視したものと言わざるをえない。しかも、寒冷地での3扉ロングシート車は、東北の冬季の厳しさを実感として考慮した上でのものなのかどうか疑問に感じられる。

 これまでの経過を見ると、JR東日本はしばらくすれば乗客が慣れて苦情が少なくなることを最初から見越しているように思われてならない。利用者個々の行動がすべてを決めるように思われるが、個人個人の要望をいくら集めても何の効果もないことはこれまでの経過を見てもすでに明らかである。何らかの形で乗客の声を集約することが必要である。我々の会は、微力ながらもその集約の労を担いたいと思い活動してきた。沈黙は現状を認めることでしかないと思われるので、今後も継続的に改善を求めていきたい。

 この報告で、東北の鉄道で今何が行われているかを御認識頂ければ幸いである。

 

参考文献

 

[1]北国は迷惑千万都会型新型車両:アエラ、第930号、19967月、朝日新聞社

[2]701系電車の技術と設備のポイント、鉄道ジャーナル、第28巻第459頁、1994

[3]日景佳英:秋田地区客車普通列車の置き換え、鉄道ジャーナル、第28巻第456-58頁、1994

[4]中村有一:秋田地区の普通列車を見る、鉄道ジャーナル、第28巻第448-55頁、1994

[5]中島幹夫: 東北新幹線・東北本線の最近の輸送状況と今後、鉄道ジャーナル、第29巻第3 38-42頁、1995

[6]加藤 純:701系通勤型交流電車、鉄道ファン、第33巻第656-60頁、1992

[7] 忠彦:騒音性難聴、雑誌JOHNS、第6巻第1112-116頁、1990

[8]RJ編集部:通勤型電車を解剖する、鉄道ジャーナル、第29巻第834-45頁、1995

[9]50系客車特集:鉄道ピクトリアル、第42巻第4号、1992

[10]京浜急行電鉄(株):京浜600形の開発と現状、鉄道ピクトリアル、第45巻第366-71頁、1995

[11]曾根 悟: ロングシート/クロスシート論争を斬る、鉄道ピクトリアル、第43巻第1017-23頁、1993

[12]池田清・堀真之助:快適通勤の実現に向けて、鉄道ピクトリアル、第45巻第414-18頁、1995

[13]RJ編集部:坐れることが最大のサービス、鉄道ジャーナル、第21巻第351-54頁、1987

[14]須田 寛:"坐れる"列車をめざして、鉄道ジャーナル、第21巻第355-60頁、1987

[15]曾根 悟:21世紀の鉄道−これからの鉄道技術−、近畿日本鉄道技術研究所技報、第24巻、1-8頁、1993