交通権学会(名城大学)自由論題            98.7/11 国鉄改革に伴う鉄道営業政策の変更と利用者の利益       ー周遊券制度の改廃を端緒としてー        北海道教育大学岩見沢校講師(全国鉄道利用者会議代表) 武田 泉  1、はじめに  1998年2月10日、JRグループは突如として記者会見し、周遊券制度を1998年3月31日限りで廃止し、新たに各社の通達により「周遊きっぷ」を発売することを公表した。このようなJRによる新た施策の背景を探ると同時に、今後の鉄道利用や地域交通体系に如何なる影響を与えうるかを検討・模索することが、本報告の目的である。 *昨年の報告:  国鉄改革の10周年の論調、ロングシート問題に見るJR型サービス導入の問題点 ーー世論(マスコミ)の関心の低さ、問題意識や(行政学的)専門知識の乏しさ、  問題が改善されないーー制度・枠組みの欠陥による市民監視組織の欠如  ーー制度・枠組みの欠陥〜新たな広義の「交通権」  論文では、言回しの不十分な点もあったので指摘していただきたい *国鉄改革の大前提:利用者に迷惑を掛けない〜「意見」でも「約束」されたが、 ーーしかし目に付きにくいところから徐々に変更  〜ロングシート・ワンマン・トイレ・日除けなし(低コスト型)車両の増備   駅舎内の構造の変更(待合室・鉄道案内所の改廃・窓口営業時間の短縮)   忘れ物捜索の簡素化、遅延時の不接続   鉄道本業がなおざりにされ、関連事業ばかりがもてはやされる(収益性)  北海道内〜〜鉄道林伐採問題(JRダイエー・スーパー建設)  東日本の「鉄道林キャンペーン」には注意を要する  〜こそくな東日本の環境問題(エコロジー委員会)の取組み〜トップダウンで開始 ・一般利用者としては、ある程度のデメリットはやむを得ないが、  もはや許容限度を越えつつあるのが現状、一般の私鉄と比べてもおかしい  2、交通料金の規制緩和潮流と周遊券制度改変の概略 *国鉄改革の運賃料金面への影響  経済活動の自由化・規制緩和ーー横並びの交通運賃(公共料金)へ波及  航空運賃の多様化(限定特割きっぷ)〜幅運賃・上限価格制などの議論  ーー運賃ジャングル化(イギリスやアメリカが先行)〜情報提供のあり方  鉄道が敬遠される〜運賃+料金が必要で複雑・面倒、コストを反映しにくい性質  ーー国鉄時代の制度を踏襲した運賃・料金制度   〜会社間併算・遠距離逓減・各種割引体系・トクトクきっぷ、の継続  本州会社は運賃値上げをしていない(=値下げもしていない)  消費税率アップの時、どさくさに紛れて多少変更(初乗り運賃・料金)  〜とはいえ、年とともに様々な例外が出てくる  ーー三島会社の基本賃率値上げによる本州会社との格差   〜新幹線並行区間の運賃計算、変更の制限、JR共通カードの制限、ギフトカードの廃止    JRバス併算回数の限定、有効期限の短縮、繁忙期の利用制限 *交通運賃料金の割引ーー規制緩和による運賃のより自由化を睨む、市場価格との関連  〜〜しかしながら、鉄道運賃は固定費が複雑でなかなか原価を反映しにくい  政策的割引:学割・身体障害者割引など〜(社会的要請に基づく割引)  営業的割引:回数券・定期券、団体運賃、オレンジカードのプレミア     トクトクきっぷ(周遊券+特殊企画乗車券)     クラブ財(会員制)割引〜ジパングクラブ、ヤングゴーゴーカード、シュプールクラブ  ーー需要喚起が割引による利益の逸失分を越える、と判断された場合に事業者が実施  周遊券制度は、その起源が第二次世界大戦前の「遊覧券」に求められ歴史が古く、著名な観光地である周遊指定地への来訪を目的としていた。この周遊指定地には、国立・国定公園など自然公園が多数を占め、戦前から国立公園制度を国際観光政策の一環として当時の鉄道省が強力にバックアップした国家的観光政策と密接に関係していた。 〜自然公園制度の所管は厚生省から環境庁だが、歴史的に戦前から国立公園制度を国際観光政策の一環として当時の鉄道省が強力にバックアップしてきた〜このため、政策的にエージェントのジャパンツーリストビューロー(JTBの前身)の育成と直営の鉄道運賃を率先して割り引いた  この流れをくむ一般周遊券は、周遊指定地を来訪を目的とし、発駅が自由設定可能、有効期限1か月と長期、旅行会社のみでの発券で、即時発券ができない、等に特徴があった。実際には、周遊指定地を来訪せずに安価な掛け捨てがなされるなど、一部の利用者側が鉄道運賃軽減策のテクニックとして活用された。その反面、煩雑な制度で旅行会社からも敬遠され、観光地への指定地接続線の路線バスは生活路線と化し運行本数も減少しているなど、制度自体は形骸化していた。 ・一般周遊券〜(注文型・オーダーメイド、周遊指定地を来訪、1か月と長期有効、   旅行会社で販売し駅窓口では不可、発券まで日数が掛かる)  〜普通、グリーン(ことぶき)、ワンポイント周遊券  ーー遊覧券からの長い歴史(般周は1955年〜)  周遊指定地〜特定、1か所・2か所、準指定地、指定地接続線〜船車券契約  周遊指定地ーー著名な観光地ーー国立・国定公園がきわめて多い  現行制度でも、周遊指定地への指定地接続線に乗車するだけでカウント可  (観光地を実際に見物しなくてもよい〜形骸化) ーーテクニックとして安価な掛け捨て接続線、片道OKの路線で、鉄道運賃が安くなる  〜きわめて複雑な制度、運用も旅行会社(担当者)まかせ ーー旅行会社(利益が少ない)もJR(煩雑)も、お荷物扱いに 〜貸し切りバス・マイカーの普及で観光地へ路線バスで訪れることはごく例外的に  指定地接続線路線バスは生活路線化、本数減少で不便、乗客は高校生と老人のみ  ーーすでにエコツーリズムに逆行している  他方均一周遊券は、戦後の高度成長期に誕生し、北海道を起源としフリー区間が大きく有効期限が長いワイド周遊券や、大阪万博を契機としフリー区間は小さいミニ周遊券、有効期間一か月中に観光地を周遊可能なルート周遊券、などの既製型の周遊券が存在した。これらは、発売駅に制限があるものの即時発券が可能であり、フリー区間への乗車経路が複数あり急行券なしで乗車可能なため、往復乗車券のかわりにも利用された。一般・均一周遊券とも学割が広範に認められており、若年層の旅行に大きく貢献していた。 *周遊券:規則・基準規定に基づく、学割(二重割引)が認められる ・均一周遊券〜(レディメイド・既製型でフリー区間あり、国鉄のみ、  駅の窓口でも即時発券可能、急行利用可)  〜ワイド、ミニ、*ルート(サブルート)、*ニューワイド周遊券  ーー歴史的に、遠隔地の三島フリー(北海道)からー→ワイドが誕生、    万博記念回遊券からー→ミニが誕生 ・フリー区間への「経路」が基本的に複数ある〜往復乗車券よりも安く代用可能  フリー区間は国鉄側の利用促進の意味合い(利用者にとってはおまけ)  払い戻し条件が特殊企画乗車券に比べて有利(特にA券中途解約時に)  ーー必ずしも周遊指定地来訪とは無関係になる(形骸化)〜任意発売制度はあり ・価格設定〜モデルルートから算定〜実情に合わなくなる  一部の券、発売地ではほとんど売れないことも ・JRは、特急利用も含めて(地元の人が)定期券代わりに乗ってほしくない  一方、国鉄改革期後に急速に増加した特殊企画乗車券には、青春18、フルムーン、GOGOフリー、ホリデーパスなどの期間限定型フリーきっぷと、S・Qきっぷ、TEX きっぷ、など特急料金を含んだ使い切り型の往復・回数券タイプが主流を占める。これらは、航空機・高速バスなど他の競合する交通機関との関係で対抗しての設定もある。しかし、繁忙期の利用制限や途中下車禁止、学割なし、厳しい払い戻しの条件など、高価格化と旅行目的にマッチしないケースも見られる。 *特殊企画乗車券〜通達に基づく・改廃が自由 ・フリーきっぷ(通年型)〜有力観光地・私鉄所在地に設定  ーー伊勢志摩、山形荘内、道東、南房総フリーQ、島原半島、ジャパンレイルパス など    (萩津和野(16日間有効)は5/31で廃止) ・フリーきっぷ(期間限定型):JR化後急速に増加  〜シーズン発売・週末発売、短い有効期間、広範囲(/限定した)フリー区間   ・特急乗車可も増加  ーー青春18、フルムーン、ナイスミディ、もっといい夫婦の日、ぐるり北海道、立山黒部アルペン   GOGOフリー、ホリデーパス、 小さな旅フリー、週末学校、ファミリー,新春フリー,ハスウテンボス 割引、   *豪遊券、*四国、*北海道 ・往復・回数券タイプ(乗り切り型、特払額ーー料金分含む、主要都市間に設定)  ーーS・Q・Rきっぷ(フォー )、ナイト&デイきっぷ、東京マイティ、こまち・つばさ回数券    新幹線・のぞみ回数券、TEX きっぷ(物議を醸す)、スキップ ・往復・回数券タイプ(乗り切り型、運賃分のみ)  ーー普通回数券、週末・オフピーク回数券、昼間特割きっぷ、山手線内・都区内回数券  他の競合交通機関(航空機・高速バス)との関係で対抗して設定  〜往復で普通運賃よりも安い切符も登場(逆転現象)   札幌〜旭川・室蘭間(Sきっぷ)、札幌〜遠軽間(札幌遠軽割引きっぷ)、   東京〜甲府間(かいじきっぷ)、博多〜熊本間(Sきっぷ)  今回新たに設定された「周遊きっぷ」では、@制限が多い(特に有効期限)、A高い(学割の限定)、Bフリー区間が狭く使えない、などの特色を持つ。その他に、フリー区間での特急自由席が利用可とはいえ、ゆき・かえり券では急行が利用できず、東海道新幹線の割引は5%で、並行する在来線・高速バスとの互換性が乏しく、片道航空機可は「三島」のみである。さらには有効期限では、「ゾーン券」を必ず「ゆき・かえり券」とダブらせることは事実上ゾーン券の利用制限であり、セミオーダーメイドのため即時発券できず、窓口でのトラブルも懸念される。 *「周遊きっぷ」の登場(各社通達〜再度改廃の可能性) ーー周遊券廃止と共に登場(「必ずしも生まれ変りではない」との担当者の説明)   制限が多い(特に有効期限)、高い、フリーゾーンが狭く使えない   フリーゾーンで特急自由席可(ミニより進歩、ワイドと同様)   レンタカー利用の方が割引率が高く優遇されている 〜片道航空機可は三島のみ・片道 200km以上・ゆき・かえり券2割引(学3割)  ゆき・かえり券では、急行が利用できない〜急行格上げ・廃止の口実?  東海道新幹線は5%しか引かず、並行する在来線・高速バスとの互換性が乏しい ・試行としての「ゾーン周遊きっぷ」(東日本・北海道、1年間)  〜いずれも片道航空機化・往復 200km以上・ゆき・かえり券3割引(学4割) ・有効期限における制限:ゾーン券を必ずゆき・かえり券とダブらさなければならない。ーーゾーン券を目一杯使わせたくない態度が見え見え(ゆき・かえり券を捨てさせる) ・セミーダメイドのため、すぐに買えない。気が変わっても対応できない ーー急な出張に使えない、窓口でトラブりそう ーーますます鉄道離れが進むのでは ・トクトクきっぷ〜比較検討上のポイント:  制限期間の有無、経路上の割引・途中下車、フリー区間内の割引・途中下車、急行利用、私鉄利用の有無、経路・設備の選択度、有効期限の長短、私鉄・バス利用の有無、  価格設定  3、周遊券制度の改変をめぐる社会情勢ー環境重視社会との関係からー  国鉄改革後、JRは積極的な鉄道運営を行ない利用者に歓迎された一方、必ずしも利用者に周知されないままの制度の改変が実施され。特にトクトクきっぷの利用制限の強化による実質的値上げかせ行なわれた。均一周遊券に関しても、一部値上げ(特急増発を根拠とし、ローカル線・急行廃止により利実質的な用可能性の減少)、有効期限の短縮(2度実施され、20日間を14日間に短縮)、冬季割引期間の短縮(北海道の場合)等が時刻表の小文字で知らされただけなど、告知が不十分なまま改変され、利用可能性が減少していった(青春18きっぷ1券片化も含む)。  今回の周遊券制度の改変の正式発表は、2月10日と制度改変のわずか数カ月前である。発表後も旅行会社への説明会でも当事者たるJR側の解釈が定まらず質疑応答に窮するなど、拙速であった。この周遊券制度改変の真の狙いは、JR各社別の収入配分の明確化であり、鉄道事業者の都合が利用者の利益よりも優先される結果となった。  周遊券制度の改変についての社会的反応はきわめて低調で、新聞でも問題点を的確に指摘した記事は皆無であった。鉄道雑誌各誌も事実の伝達のみで問題意識に欠けていた。 ・直前までJRグループ部内で意見がまとまらず、詳細がギリギリまで不明〜混乱 ーーヤミカルテルの疑義(独占禁止法〜適用除外産業) ■社会的反応:新聞記事  当時の主要記事:長野五輪・新井代議士自殺〜(わざとこの時期にぶつけた?) ・JR周遊券一本化(朝日2/11) ・周遊券を全面刷新、どの駅からも出発可能に(日経産業2/12) ・複雑な周遊券一本化(岐阜2/12) ・JRの周遊券4月から一本化(信濃毎日2/12) ・周遊券衣替えで20→5%、東海道新幹線割引率下げ(日経産業3/27)  期間短縮…実質的値上げだ、JR周遊きっぷに利用者異義(朝日4/26)  鉄道趣味関係者・旅行雑誌の反応 ・緊急特集「周遊きっぷで日本の汽車旅はこう変わる」(「鉄道ダイヤ情報」4月号) ・「さよならワイド周遊券」〜青春時代の思い出の制度にも、寿命があり消えてしまうのかと思うと一抹の寂しさがある(「鉄道ピクトリアル」6月号)。 ・「周遊きっぷ」関係の質問は思ったほど多くなかった、周遊券ほど規則が難しくないからであろう(「旅と鉄道」夏号;種村直樹)。 ・「周遊きっぷ」を活用した裏技の紹介〜裏技がしにくくなり解説内容が散漫に、  欠点の紹介が論者らの関連した新聞記事を引用  〜情報の不足(「旅」7月号;松本典久・今田保) ・こんなきっぷは「使えない」(パソコン通信ニュースグループ fj.rec.rail) ・「周遊きっぷ」は新しいきっぷなのでよく駅などで確かめてみよう(旅行ガイド) こうした状況は、鉄道事業に関する専門知識を有する外部からの監視組織の欠如、さらには、マイカーの普及・航空機の台頭等、競合する交通機関の利用が増加し、「鉄道離れ」が一層の進捗が原因である。  昨年12月に開催された「COP3(地球温暖化京都会議)」での京都議定書により、日本政府も率先して温室効果ガスの削減への実行計画が実施される。しかし現実には各論段階では、対策は具体性に欠けている。運輸分野でも、エネルギー効率や排出ガス削減の意味から鉄道へのモーダルシフトを本腰で進めようとする動きはいまだに見られない。また、JR東日本はこの春から「鉄道の旅を見直す」べく「トレイング」キャンペーンを開始した。しかし実際には、新幹線や特急列車の利用は促進しても、現地における交通手段としてはローカル列車(私鉄・路線バスを含む)よりも「トレン太君」なる提携レンタカーの利用を推奨し、その場合の鉄道運賃割引率も高く優遇している。このような状況は、鉄道事業者自体が鉄道や公共交通機関の利用よりも、自社グループ関連事業の収益性を優先させているのであり、排出ガス削減対策としての真のエコツーリズムやエコトランスポートに逆行している。周遊券改廃政策の他、車両面でのロングシート化など、従来からの鉄道旅行の魅力を低下させる施策が、自社の収益優先の中で同時並行的に進行しているのが現状なのである。 *独善的なキャンペーン・広告宣伝 ・JR東日本の「トレイング」キャンペーン〜「鉄道の旅の再発見」  ーーCOP3による学習効果?(第3者から鉄道復権が叫ばれたこと) ・地方の事情を無視した東京の思考(JR東日本企画)の押し付け  〜はたして、どんな旅客を想定しているのか〜「ニューリッチ」階層のみ  ーーロングシートと混雑(さらには運賃制度)で、とても旅情は楽しめない現実  鉄道衰退(鉄道離れ)の自らの責任を棚上げ〜新規投資が不可能な枠組み・制度  ーー制度の欠陥こそ、正々堂々と世論に訴えるべき *鉄道事業者の法務・制度担当者(大卒法学出身者)が、部内で鉄道営業制度(規定)を独占的に作成する。  ーー鉄道事業法の不備により監督官庁(運輸省)もチェックできない、公取も同様 〜情報公開(公開性・公平性・透明性)の無さ、周知徹底の無さ  ーー鉄道会社の思考は、いまだに「帝国専制主義」下にある  〜鉄道専門知識を拠りところに(経営陣+技官・技術職員)   一方的な対応(合意形成など眼中になく、情報公開は戦前の旧日本軍と同程度) *「周遊きっぷ」改善策: ・5日間有効券の他、7日や10日間有効券を作る ・連続しない任意の日有効とする(欧州では実施)、 ・ゾーン券へのダブリの緩和 ・1日のカウントをローリングアワーにする(10時から翌日10時まで、同上) ・飛行機・船の利用をもっと認める、   ・「周遊きっぷクラブ」会員制度の創設 ・一部の券については、ゾーン券のバラ売りをする ・ゾーンの見直しをする、       ・ゆき・かえり券を 100km以上に緩和する ・鉄道利用ポイント(マイレイジサービス)や早割の導入〜航空会社との競争