北海道支部ーー「しゃりばり」(北海道開発問題研究会掲載論稿 1996)  「丘珠空港問題」               武田 泉(北海道教育大岩見沢校講師・交通地理学)  1、はじめに  現在、丘珠空港が揺れている。すなわち、丘珠空港をジェット機の離発着に耐えうるように、滑走路を現在の1400mから2000m級への拡張計画が浮上している。この計画に対して各方面から様々な意見が提起されているが、推進側の地方の地域振興要望(道内地方都市の行政機関等)と反対側の都会の生活環境に関する要求(道都札幌の地元住民)とに大別され、意見対立が巻き起こっている。本稿では、丘珠空港のジェット化問題に関して、これまでの経緯・現状と論議、行政の制度的問題点について検討する。  2、丘珠空港の現状と拡張計画  丘珠空港は札幌市東区にあり、陸上自衛隊北部方面飛行隊の基地であるため防衛庁の管轄となっている。この空港は、同時に防災・報道・測量等のための小型航空機やヘリコプターが常駐し、さらに道内都市間を結ぶ民間航空路線も抱えている。  丘珠発着便の利用状況:札幌関連の空港は、丘珠が道内便と千歳が道外便と機能が分化されている。丘珠発着の道内路線としては、函館・稚内・釧路・中標津・紋別へ5路線11往復が離発着している。丘珠便の塔乗率は各路線とも良好で、新千歳便が60%程度であるのに対し丘珠便75%前後であり、全国的にも高い水準にある。とりわけ函館便は、5往復と丘珠便の半数近くを占めている。鉄道(JR)側が振り子式新型列車の「スーパー北斗」号を札幌〜函館間に投入して、エアラインに競争を挑んだのは1993年と記憶に新しい。この結果、かつての国鉄石勝線開業に伴う帯広への航空路線と同様、新千歳〜函館便は鉄道との競争に敗北し、路線休止に追い込まれた。その一方、丘珠〜函館便の塔乗率にはそれほどの影響がなく、丘珠便は競争力を保持していた。このことは飛行時間の短い近距離航空路線の場合、都心から空港までの距離が近くアクセスしやすいことへの期待を示している。アンケート結果でも、新千歳にアクセスしやすい厚別区在住者を別にして札幌市民の大部分が利便性を認めており、丘珠便の利用者はビジネス目的・札幌を目的地とする特徴も示されている。また、この10年間における航空旅客の伸びは、千歳空港が約 1.1倍であるのに対し、丘珠空港の伸び率は 3.3倍にも達している。  丘珠便の使用機材:今回の丘珠空港問題は使用機材とも大きく関わっている。丘珠便は従来から機材はプロペラ機のYS11を使用してきたが、1973年の製造中止で老朽化し、後継機としてジェット機のボーイング 737-500を予定している。座席数も64席から 126席と倍増させる計画である。エアーニッポンでは、このジェット化計画が実施されない場合、道内路線からの撤退も検討している。  国の空港整備計画との関連:空港の整備は運輸省が所轄する公共事業である。5か年計画策定で、国家予算が配分され順次事業化されるため、運輸省の計画プロセスに地方行政がうまく乗せる必要がある。今回の丘珠空港延長の場合、第七次空港整備5か年計画に該当させるため、来年夏までに内定、来年秋に閣議決定というスケジュールが前提となり、地元調整はスケジュールを逆算して行う必要がある。北海道知事と札幌市長との間の会議で、丘珠空港整備推進のGOサインは既にを受けており、今後は区別の住民説明会で合意を得ようとしているのが現段階である。日程的に、後述の都市改造も含めた詳細案の地元提示は来年2月、詳しい住民説明はそれ以降にとなっている。運輸省としては、成田問題の教訓もあり、地元合意を前提とする方針を強く地元に要請している。  3、丘珠空港論議の現段階と地元説明会  運輸省の方針を受け、区別の住民説明会が行なわれているが、現実には説明会参加者の反対住民であり、専ら反対住民への事前説明会の様相を呈している。  NHK札幌の報道によると、丘珠空港ジェット化にあたってかなり大規模な都市改造が必要とされる。滑走路延長により、騒音と拡張用地について対策が必要となる。この結果、半径3km以内では建築物の高さを45m以内とする必要が出てくる。既に建っている高さ45m以上の建築物は60軒とされ、これらの病院・マンション・送電線鉄塔などを全て移転させ、一般の住宅も20〜70戸の移転も必要という。都市改造の規模はきわめて大がかりで想像以上の規模となろう。こうした詳細にわたる計画は、土壇場になって説明される模様であり、住民から行政の秘密主義と対応の遅れが強く指摘されているのである。  4、丘珠空港論議の問題点と行政システム  この結果丘珠空港論議は、生活環境悪化を懸念する空港周辺住民による反対派と推進派の意見対立の様相を呈している。市街地に近接した空港は、アクセスしやすいと同時に生活環境の問題を巻き起すという両刃の剣であり、受益と受苦が分離すると、対立が先鋭化する。玉葱畑だった空港周辺が市街地化し、問題が先鋭化してきた。これらの居住者には近年引っ越してきた新住民も少なくないだろう。拡張計画がある空港周辺に引っ越してきて、計画を反対するのは住民エゴだとする見解もある。反対派の意見を入れて空港の代替地を探す場合、移転先は都心から遠くなり近距離路線空港としての利点に乏しく、同時に自衛隊基地の取り扱いも問題となり、現実的でない。延長せず現状維持の場合も機材問題が浮上するなど、八方塞がりである。  ここで、関連する行政システム上の問題点を指摘しておく。第一に運輸行政の特色である。この行政領域は、戦前の鉄道省を母体とし、事業内容の特殊性・専門性や中央集権性、許認可権のいずれもが強いという特色を持っている。このため事業者の既得権を優遇したりし意的な決定に至る可能性も指摘されている。専門的であることは、外部で議論がなかなか行なえないことを意味し、地方行政は中央への陳情攻勢を強め、予算枠を巡る獲得競争を勝利しようと邁進する。このため地方が中央のご機嫌を伺うための官官接待など秘密主義が横行し、結果が画定する最終段階まで住民に計画の詳細が知らされないという事態が生じるのである。第二に、行政領域をまたぐ調整機能を欠いていることである。先述のとおり、将来の空港計画を見通した都市計画がなされていないのだが、その背景には運輸施設(運輸省)対都市計画(建設省)の対抗関係が存在する。その結果用途地域指定が十分に考慮されないなど、総合的対策が不十分になるのである。また、総合交通体系の視点からの交通機関の分担関係や、札幌一極集中の是非など、背景となる議論は十分検討すべきである。  こうした、行政システム上の問題点を十分認識した上で、反対派推進派双方の意見を十分吟味して、方向性を決めていく必要があろう。