小田急電鉄小田原線(代々木上原〜梅ヶ丘駅間)の連続立体交差及び複々線化事業  公聴会公述原稿
      藤村建一郎(全国鉄道利用者会議関東支部)

 今回の小田急線連続立体交差事業の環境影響評価書案について、利用者の立場か ら全国各地の鉄道の利用促進と改善へ向けての活動を行っている「全国鉄道利用者 会議」を代表し、意見を表明致します。私たちの会でよく問題にしているのは、鉄 道事業について法的に住民参加が保証されているのは、都市計画手続や、今回の環 境影響評価手続の時ぐらいしかなく、鉄道計画そのものへの住民や利用者の参加規 程がないということです。今回は数少ない住民参加機会の1つなので、個々の環境 影響評価項目に留まらない、鉄道の計画や制度の面についての意見も含めて述べさ せていただきますことを、始めにお断りしておきます。

 わが国では、大都市圏において大手私鉄が採算を取りながら事業運営するという 世界でも例を見ない形態となっていますが、その背景には殺人的ともいえるような 通勤ラッシュがあります。歴代運輸大臣が就任早々視察し、さらには外国新聞社や 教科書までにも紹介されるという、世界的にも有名な日本の朝の通勤ラッシュが存 在する背後には、全くウンザリするというよりむしろ絶望し我慢するしかないとい う、数多くの声なき利用者が存在することを、まずはここでご確認いただきたいと 思います。なぜならそれは、これまで目に見えて混雑が緩和されることが皆無で、 一向に解決の兆しが見えないからです。とりわけ小田急線は、新宿から世田谷区を 通り小田原藤沢多摩方面へと南関東を縦断する路線となっており、首都圏でも有数 の採算路線である一方混雑路線でもあります。毎日毎日、30分いや1時間半以上も 立ったままの遠距離乗車を余儀なくされる利用者も少なからずおることは、当然ご 承知のことと存じます。
 鉄道の輸送改善のためには様々な対策がありますが、首都圏の混雑線区のような 場合、既に様々なソフト的対策が講じられており、妙案は既に実施済みで新たな対 策はもはや存在しない段階に来ております。つまり、鉄道整備が大都市では量的及 び質的に不十分だということであります。本来抜本的対策としては、鉄道新線建設 や複々線化によって新たな輸送力を創出するしかありません。
 今回の小田急線の複々線化は、良質な住宅地である世田谷区内を縦断する、長い 区間に渡る工事となっていますが、その背景は、相互直通運転の相手である営団地 下鉄千代田線との接続駅が喜多見から代々木上原に変えられたことに端を発してい ます。鉄道網を充実させ、仮に駅へ徒歩でアクセスできる圏域を増大させると言う 政策であるなら、小田急線と東急新玉川線の間にある世田谷通りに、地下鉄千代田 線の延長である仮称「地下鉄世田谷線」を開通させることは歓迎されるべきことで あったはずです。しかしこの選択肢は、ある時点で何の説明もなしに消えてしまい ます。この背景には、東京を鉄道会社によって市場分割されるという世界でも稀な 鉄道路線網の構造がございます。事業者側にとって他社によって新線が建設されれ ば、自社の縄張りを侵されてしまいます。むしろ自社の既設ドル箱の放射状路線 に、なるべく長く沢山の客に乗ってもらった方が、収入が増大するだろうと言うこ とは、素人考えでも自明のことであります。利用者の視点に立脚した鉄道交通網全 体の計画と言うよりは、むしろ鉄道会社の都合が優先されており、地元行政には利 害調整かご機嫌伺いの権限しか与えられなかったのであります。
 では、こうした鉄道の抜本的改善のためのルールや計画の体系は、従来は果たし てどのようになっていたのでしょうか。戦後の都市鉄道整備の計画は、国土交通省 の前身である旧運輸省とその諮問機関である運輸政策審議会が独占的に決めてきま した。何年の何号答申というような、地下鉄との相互直通運転を機軸とする路線計 画を定め、その計画書に位置付けられないと補助も受けられないため、事実上鉄道 建設が出来ないという制度になっております。この審議結果に対して、事業者であ る鉄道各社のみならず自治体は、一喜一憂するのみならず「固唾を呑んで見守って いた」というのが本音でしょう。この審議結果へは、利用者や地域住民の意見が反 映される担保はほとんど想定されておらずに、一方的に結果だけが知らされており ました。すなわち鉄道整備制度は複雑怪奇で、ろくな情報開示もなかったというこ とです。事実上事業者と自治体の利害調整の場、悪く言えば「談合」の場であった としても過言ではないかもしれません。とりわけ鉄道計画において、放射状路線を 新たに計画する場合、既設線の間を埋めるように新線を建設するのはどのような条 件の場合か、既存路線の複々線化等の輸送力増強で対応しどこの駅を接続駅として 相互直通運転をどうするのかの判断をどうするのか、等が極めて曖昧となっていま した。このような基本的事項についてのルールが確立されておらず、私鉄の事業エ リア、つまり縄張りなど事業者側の「お家の事情」との兼ね合いでケー スバイケースの対応となり、責任の所在も不明確となっていたのであります。
 評価書案の「事業の目的」にも書かれておりますように、今回の事業は踏切での 交通渋滞解消や地域の一体化といった「連続立体交差化」が主たる目的とされてお り、これにあわせて複々線化を行う、とされています。財源としても、ガソリン税 他の道路特定財源を用いるため、理屈の上ではいわゆる「都市側」の論理によって 事業が進められていきます。実態としては今日の鉄道整備の自主財源の乏しい中、 連立工事が事実上の鉄道基盤整備支援制度になっていて、ここに「ねじれ」が生じ ていると考えます。にも関わらず様々な理由により計画が歪められてしまっては、 「鉄道側」「都市側」双方にとって不幸以外の何者でもありません。複々線化と立 体化をセットにした現行の事業制度は、抜本的な混雑緩和策として鉄道整備を推進 するという観点からは必ずしも十分ではありません。むしろ後付けで泥縄式に対応 してきた感が濃厚で、その結果が、梅ヶ丘より西は高架、東は地下で、両者を無理 やり繋げるといったちぐはぐな計画にもなって表れてしまったのではないかと考え ます。結局、旧運輸省と運輸政策審議会が鉄道政策、特に財源面での無策で方向性 の示せない態度を取り続けてきたため、都道府県レベルで鉄道整備や改善にどこま で責任を持つか、すなわち自前の交通局と他の事業者を含めて地域の鉄道計画を立 案する責任を奪ってしまったとも言えましょう。先に述べたとおり、東京都と言え ども基本的な鉄道計画の権限がなく、計画面ではある意味において被害者であると も言えましょう。

 これまで述べてきた鉄道計画の問題点を踏まえ、次に今回の環境影響評価につい て述べたいと思います。
 今回アセスの対象となっている代々木上原−梅ヶ丘間の事業に限っていえば、環 境面では確かにあまり大きな問題はないと思います。しかし、小田急線の立体化事 業とは、先程から言っているようにこの区間だけで完結するものではなく、梅ヶ丘 以西の区間も含めて実施されるものなので、立体化事業全体が環境に及ぼす影響を しっかり検討する必要があります。
 環境影響評価は事業を細分化することにより、環境影響が小さく評価されること がよく問題とされます。いわゆる「細切れアセス」と呼ばれるものです。成城学園 前−梅ヶ丘と、梅ヶ丘−代々木上原を分割することにより、一事業当たりの環境負 荷は少なくなり、比較の対象となる「現況」の環境状況も異なってきます。具体的 には、列車本数は現況で770本、成城学園前−梅ヶ丘開業後には800本、今回の事業 が完了した後には900本と予定されており、成城学園前−梅ヶ丘の事業は770本から 800本への30本増加を前提として環境影響評価が行われました。しかし実際には、 現況と全線開通後では、770本から900本へと130本の増加となり、この影響が及ぶ のは代々木上原−梅ヶ丘のみに留まらず、全区間に渡り及びます。全区間を1つの 事業とみなして、成城学園前−梅ヶ丘の環境影響も合わせて予測評価する必要があ ります。
 今回地下化されるトンネル形状は、高架−地下−高架と急勾配が続き、2線2層 と4線1層が入り乱れる大変複雑な構造で、難工事が予想され、相当多くの重機の 投入が必要と考えられます。また、急勾配を上り下りする列車は、エネルギー効率 的にも良くありません。さらには、高架と地下を無理やり繋ごうとすることは、完 成後の列車の安全運行にも支障を来しかねません。悲惨な結果となった営団地下鉄 中目黒事故はまだ記憶に新しいところですが、そこでは狭い用地の中で地下トンネ ルから地上の既設線に接続させるため、線路条件がきわめて悪条件となってしまい ました。このため、低速走行時の乗り上がり脱線を誘発する原因を生じさせかねま せん。また下北沢と言う乗降客が多く運転上の拠点駅を真近にした世田谷代田付近 に、急勾配やS字カーブを創り出すということは、無謀ではないでしょうか。
 下北沢駅の構造は、急行線と緩行線を別の階にした線路別の複々線となっていま すが、代替案の方面別複々線にした方が、利用者の乗り換えにとっては便利です。
 このような、環境面のみならず安全性や利便性をも考慮し、もっと単純な工法で 曲線や勾配の緩和を図った場合や、梅ヶ丘以西も地下化した場合などとの比較評価 が必要であると思います。

 個々の予測評価項目としては、騒音と、廃棄物に含まれる建設発生土の各項目 が、特に問題だと考えられます。
 騒音については、この事業の場合は、対象区間の代々木上原−梅ヶ丘は地下とな るのであまり問題にはなりません。むしろ、列車本数が今よりも増加することによ り、成城学園前−梅ヶ丘の高架区間で最も大きな影響が出ます。ここを予測評価す べきです。
 建設発生土については、2線2層となる区間の下部の急行線を除き、開削工法で の工事とされており、約61万m3の建設発生土が発生するものとされています。世 田谷代田付近は土被りが大きいため、ここを開削で行うと掘削土量が非常に多くな る上に、付近住宅地への影響も大きくなります。シールド工法で行うことも選択肢 に入れ、発生土量の比較評価を行い、より発生土量の少ない方法を採用すべきで す。また、建設発生土の場内での再利用、場外での再用、処分のそれぞれがどの程 度の量になるのか、見込みが示されておらず、処分する発生土の処分先も示されて いません。これらを明確に示し、処分先の環境に影響を与えないことを証明すべき です。この予測抜きにして、評価の指標に適合すると言うことはできません。

 最後に、この事業計画の策定に至った経過において、いくつかの代替案を比較検 討してきたことが評価書案にも書かれておりますが、このような経緯も踏まえ、こ れらの代替案を環境影響評価手続の場ですべて詳しく公開し、環境面からも比較検 討することを求めます。その際、沿線地域の住民も鉄道利用者も納得できるような プランにするためにも、これまでの歴史的経緯をしっかりと情報開示し、様々な代 替案とその検討プロセスを提示するような、計画アセスメントを実施していただき たいと存じます。裁判の判決もあり、この事業は全国が注目しています。将来に禍 根を残さないためにも、むしろモデルケースとなるような意欲的なアセスメントに なるように、関係機関のさらなるご努力を期待申し上げ、今回の公述を終わりたい と思います。


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