着席率の向上について考える


                                           全国鉄道利用者会議 鈴木一夫


第1章はじめに
第2章 あいまいさの目立つ鉄道事業における着席規定
(1)鉄道車両における着席について
(2)着席を軽視した車両運用について
(3)駅施設の着席状況について
(4)駅ホームの着席状況について
第3章 まとめと提案


第1章 はじめに

 昨今の環境問題や交通渋滞解消の解決の立場から公共交通の復権がかつてない
ほど叫ばれだし、新型路面電車(LRT)構想の具体化に向けた国会議員の勉強会
(01年5月15日)も開始されるなど政治、行政が一体となった公共交通復権策が
練られている。
 そして、その議論に象徴される標語として「クルマを降りて電車・バス」「ノーマ
イカーデイー」「環境にやさしい電車」等が見受けられる。しかし、公共交通は「座
れるかどうかわからない乗り物」であり、単純に誘導するのは困難である。
 もちろん車を使用する人も地球益の観点から公共交通を利用するのは理解している
だろう。しかし実際「車の快適性」を覚えた人を対象にして鉄道やバスの利用を促進
するのは容易なことではない。
ただ、渋滞対策、安全性、環境面、そしてエネルギー面の側面から公共交通の役割は
今後重要さを増すわけで現状を放置することは今後益々困難にもなる。 
 ただ一ついえることは政策誘導には自ずと限界があるということである。やはり公
共交通の特性と利用者の利便性が合致することが必要である。公共交通と車の長所、
短所は古くからの議論にあるのでここでは割愛するとしても、公共交通自身の欠点の
大きな一つである「座れないかもしれない」について電車の構造はもちろんのこと、
付帯設備(駅構内や駅のホーム)についても検証し、現状の把握と「着席率の向上」
に向けた各種提案をしめしていきたい。とくにこれまで不在であった公共交通の居住
性の向上の指標を設けることで利便性の向上を図り目に見える改善を示していく。


第2章 あいまいさの目立つ鉄道事業における着席規定

(1)鉄道車両における着席について

 鉄道車両について規定する「普通鉄道構造規則」や鉄道関連の各種の法令ではこの
座席の寸法について言及されておらず、事業者任せの状態である。そのため座席幅は
事業者間で差がありJRの103系では座席幅が43センチなのに対し阪神電車では4
7センチを採用する電車もある。
しかも、座席の幅については車内のドアの寸法や窓枠から逆算定される場合もあり利
用者の快適性からの解析が不十分である。
またJRの場合の43センチの基準も1957年登場の103系電車の基準である。登
場から50年近くたち日本人の平均身長及び体重が増しているのだからこの基準は見
直さなくてはならないはずなのに「あいまいさ」を残したまま今日まできている。
 実際の乗車でも中央部の7人掛けロングシートは男性7名での使用は窮屈である。
 昨今、座席の取り合いによるトラブルが目に付きはじめ、車内のフラストレーショ
ンによる傷害致死事件も立て続けに起こった。そして、2001年6月から駅の警備
に機動隊までも動員される事態を招いてしまった。しかし、鉄道会社各社では混雑緩
和のための運行本数の増加や座席幅の見直しはかり快適性の向上を画策するどころ
か、その責任を乗客のマナーに押し付けて、車内放送や駅ポスター等を通じ「暴力追
放キャンペーン」を展開したり(2001年6月より)、女性専用車両の導入(京王線
や埼京線。これから増えるものと思われる)等小手先での対応が目に付き乗客のフラ
ストレーション除去の根本的な解決には至っていない。
また、実際に乗客間のトラブルに対し鉄道会社が対応しない現状(週刊SPA2001
年6月20日号)になっており、鉄道に乗ると事件に巻き込まれる可能性があります
と言わんばかりの事態を招き、鉄道へのネガティブキャンペーンにまで発展している
現状では「車をやめて電車に乗ろう」の標語も歯切れが悪くなる。
また座席の寸法については男性女性がいるのだから平均値としては7人がけの寸法が
成立するという見解もあるそうだが平均値ではなく最大値を算定基準とするべきでは
ないだろうか。
 無論利用者からすると幅の広い車両がよいわけであり、近年続出する車内のトラブ
ルの遠因ともなるこの座席幅についてのガイドライン策定も急務である。50年近く
も基準の見直しを放置した鉄道会社の責任は重いといわざるを得ない。

 またもう一つの「あいまいさ」は電車の定員計算に於ける着席定員の不在である。
ただし特急などの指定席車連結の場合には着席定員が設定されている(※指定席車の
場合、定員=着席定員)。しかし普段利用する電車については単純に定員としか記載
されていない。本来であれば座る人と立つ羽目になる人がいるわけでその境目を厳格
に算定すべきなのだが現在そのような算定方法は存在していない。定員の出し方は座
席数に加え、着席利用者が座るときに使用する椅子の付近の床面積をのぞいた面積を
0.35uあたり1名程度で算定する(つまり1uあたり3名の立ち客計算)。程度
という「あいまいな」表現は実は各社間でその基準は独自設定されているためであ
る。例えばJR東の211系のセミロング使用の立ち定員の算定は1u/0.439人
であるのに対し京王電鉄の6000系の立ち定員の算定は1u/0.301人である
(いずれも中間車タイプ)。
 座席の基準もあいまいならば立ち客スペースの算定方法も各社間でばらばらであ
る。
裏を返せば算定方法の変更で混雑率はいかようにでも操作できるようになっている。
一つの仮定として座席定員64名の中間車セミロング車で立ち客定員を1人/0.4
39uとする定員ベースで立ち客が92名乗車した場合の定員を混雑率を100%と
すると、算定基準を1人/0.301uに変更した場合には混雑率は69%になって
しまう。
つまり鉄道会社の共通する統計処理方法が存在しないため各会社間で自社に都合のよ
り「算数」を用いていることと、その利用者の便を向上させる規則や第三者監視制度
の不在が今日の混雑緩和策の無策につながっている。しかもこれら各社間で用いられ
る算定基準はこれらは利用者の利便性の向上のために検証されることはほとんど皆無
だった。更にこの現状を指摘をマスコミ行うことは皆無であり、また鉄道文化人も我
関せず的態度をとっており、事実上は鉄道事業者の思うままに行っている。実際の例
は下記の(2)で触れるが「定員は増えたのに混雑した」と701系電車の運行の際の
時地元マスコミ報道されたのは、まさにこの点を見抜けなかったからである。
 政策決定する際仮に混雑率を220%から150%に改善するとしよう。その際に
は定員のベースを変更すればこの混雑率もいかように運用できるわけであり、利用者
の混雑による不快感が数字のマジックでかき消される恐れだってある。
あるいは鉄道会社間の算定基準が違うがゆえ混雑率100%という状態でも利用者実
感からすると全く異なった状態だって当然ある。
このような数字の操作による抜け道を防ぐためにも着席定員立ち客定員を分類し各
車両の定員の厳格なガイドラインを策定することは急務である。またそれを根拠にし
たものを運輸政策審議会答申の混雑率の緩和策と着席率の向上をこれからの利便性向
上の指標とすべきである。
そして今後のデータの運用にも混雑率と着席率を併記することである。また利便性の
向上の企業間努力の評価方法として着席率をいかに向上させたのかをその評価の中心
にすえるべきであろう。
 改めて見ると、驚きなのは各鉄道会社とも着席サービスを経営陣の意見として広報
誌等で主張しながら、実際はソフト面での検証が全く放置されていたことである。
 つまり電車の定員計算基準において着席の規定をしていないことがが今日のロング
シート車の全国展開を招き、更には修飾語句として「企業努力による定員増」という
株主総会提出用文章を飾る文章まで用意された鉄道会社の自己完結の姿を招いたので
ある。


(2)着席を軽視した車両運用について

 鉄道事業者からすれば座らせても、立たせても運賃は一緒であろう。それを意図し
たのか、車両数や座席数を意図的に減らしたにもかかわらず「計算上は定員を増や
し」なおかつ経営合理化を達成したとのJR会社も登場した。つまり鉄道会社としては
人間を輸送できれば立たせても座らせても構わないという姿勢であり、現場や地域を
無視した机上の論理である。しかし、利用者にとって座れなくなったわけで迷惑この
上ない施策である。この状態が全国各地から聞こえてきている(地方都市の近郊区間
で多数発生している。長野、盛岡、秋田、仙台、福島、御殿場線等。なお東北地方に
導入された701系電車の問題点については本誌98年版参照のこと。また都市圏ではJR
東会社の総武横須賀線導入のE217系や東北・高崎線のE231系等あるいは、JR北
海道の731系・JR九州の815系等も含まれる。また、東海道・常磐線・東北高崎
線や鹿児島本線等の従来車のロングシートへの仕様変更もこの論点に含まれる)。
 そもそも座席をボックス型からロングシート型へ変更し、詰め込むを図るというの
は戦争中の車両の少ない時期では実際あったと聞くが、生活大国を標榜している国が
利用者の犠牲によって収益をあげる構造には納得行くものではないし、また鉄道会社
の感性が疑われる。更には鉄道で座って移動しようするつもりで乗ってきた乗客に対
する冒涜である。そもそも鉄道輸送の原則は全員着席であるべきである。「座れるか
どうかわからない鉄道」に加えて「座れる人は一握り」となってしまっては乗車意欲
を失う。それどころか鉄道に対するネガティブキャンペーンを利用者がするはめにも
なってしまう。更には積極的に車に乗るきっかけを鉄道側から仕掛けたことにもな
る。「供給者の論理」を優先していては利用者の新規需要開拓は期待できず、現状の
縮小再生産的利用にとどまるのは明らかである。
また、一方では着席を重視した鉄道車両も数多く投入されている。特に各JR本社のあ
る都市を中心として国鉄時代には並行する私鉄に乗客を奪われていた路線ではJRにな
り確実に乗客を増やしている。特に上記の関西地区の新快速列車の運行が象徴である
がほかにもJR東海の名古屋近郊の新快速に投入された311系転換クロスシート車で
は車内に公衆電話まで備えられたほどである。また、着席を重視したセントラルライ
ナー(乗車整理券が別途かかる)も導入され並行する名鉄の社長をしてJRの経営努力
に音を上げた地区もある。またJR九州も並行するJR西日本の所有する山陽新幹線や西
鉄との競争のために811系(オール転換クロス車)を導入し、快速運転をおこなって
いる。
また、JR北海道でも721系を導入し着席率と利便性の向上を果たした。
つまり、同じ鉄道運賃を払っていながら、すし詰を強要される地方や首都圏の電車の
姿があり、もう一方では転換クロスシートで悠々自適に通勤している地域がありと、
地域間格差が天と地のように広がってしまった。同じ運賃での快適性の格差は「交通
権の侵害」である。この快適性の違いについても改善する必要がある。
 例えば運賃100円当たりの快適度を示すのも一案である。指標として考えられる
のは運賃、着席スタイル(転換クロス式かロングシートか等)や運行頻度、混雑率、
駅施設の状況やバリアフリーの進行状況であろう。
また、この場合競争のある無しでの格差も見逃さないようにしなければならない。
そして利便性に対する経営姿勢を客観的に問うことの出来るシステムを構築し、その
指標の向上により事業者の格付けをするのもいいだろう。

 同じJR西日本でも京阪神地区の新快速電車の高速化やオール転換クロスシート運用
については評価が高く、実際滋賀県の新快速運行地域の人口増加率が全国上位
であることは「新快速効果」といってもいい。しかし、一方の紀伊半島を走る紀勢本
線南部や岡山付近、また姫路近郊の播但線では都市圏で余剰となったオールロング
シート電車を導入し、着席率を悪化させる方策をとった。播但線電化でも気動車から
の置き換えに103系電車を使用したが、2両ロングシート短編成を基調としたため高校
生の帰宅時間には首都圏なみの混雑が引き起こされた。
 紀勢本線のロングシート電車の導入では更にトイレ無し車両だったためトイレの復
活を命令する行政監察局から改善勧告が出るなど、安心して乗車できない現状に行政
も執行力を出さざるをえなくなった。
 つまり新快速電車の運行で好評を博したJR西日本でもローカル地区では「供給者の
論理」に基づく着席軽視施策をとっており、鉄道会社による地域間格差を助長するや
り方は地方生活者の見下しにほかならない。
この場合、事業者の評価よりも沿線別での評価方法が適している。

ただし、以下の例では事業者への格付けがよいだろう。例えば、JR東日本では首都圏
で総武横須賀線のE217系や東北高崎線にE231系が導入されたがこれもセミロング
式だった車両を3両を除いてオールロングにしてしまい、快適移動したければグリー
ン車や新幹線に乗れといわんばかりの施策をした路線もある。
また、東北6県や新潟・長野では短編成オールロングシート(一部ボックス設置)を
従来車の置き換えに導入した。ここでも、短編成に隙間の全く無い状態になるほどの
混雑が引き起こされ痴漢の問題も登場した。
岩手県ではこの問題を取り上げた地方自治体の議会も最初は意欲的に解決の姿勢をし
めしたものの、鉄道に対する無知あるいはJRとの関係性を壊したくない?とするすり
替わった論点による消極さもめだった。さらには「完全民営化の過渡期でこのような
事態を認めることは悪い民営会社になる」との市民団体の主張に対しても返答は鈍
く、国鉄民営化が既に関心を失い国民の総意でいい鉄道会社を作ろうという視点は過
去のものとなったことを示すにいたった。
 またマスコミはJR発表を鵜呑みにして「定員は増えたが混雑は増した」?との記事
を掲載する。一般の利用者には理解の出来ない見出しである。これは定員算定ベース
が電車と以前走っていた客車列車とはまったく違うのものであることを見抜けないこ
とによるものだった(くわしくは本誌1998年版 鈴木)。
一般の利用者はこのようなやり取りのなかでJRの対応に嫌気をさすのは当然である。
 また以前運行していた着席率の高いボックスシート車による快速列車(82年から
85年3月まで運行の快速くりこま)を再運行の要望をしたところ快速は運行しない
ので新幹線に乗ってくれという返答があった。
仮に盛岡から一関まで(90キロ)大人4名で新幹線指定席で往復すると25000
円以上かかる。この算定結果が出た時点で車を利用するのは自明の理である。
これら全国的な地方の鉄道の後ろ向きな姿勢による結果というと80年代に本格登場
した高速バスが各地相互を結ぶようになり、本来鉄道のテリトリーである中距離都市
間輸送についてはJRが想定していた新幹線や在来線の乗車ではなく、高速バスがその
担い手を引き受けるようになった。また前述した東北地方の例では、仙台〜一関や福
島・郡山間のように本来は着席確率の高いボッスク席での普通列車が直通運転してい
た列車を途中で乗り換えを強い、更には座席をロングシート化し長時間運用を実施し
たところが、乗客はその現状に不満を覚え高速バスに乗り換えてしまった例もある。
つまり、地域独占という状況ではサービスの格差に対し利用者は事業者の姿勢によっ
て選択不可能な状況におかれる。そのために、客観的な指標によるサービスの格付け
作業は必要である。

 環境対策やエネルギー対策または福祉や高齢化社会対策に対する切り札として鉄道
が考えられているが、現状のJR会社では特に本州の3社の体質からすると都市圏と新
幹線や特急の頻繁運転している区間以外では期待薄である。
また、採算が取れるとされる都市近郊圏でも鉄道の着席率を低下させる方策をとって
いては話にならない。しかしこの現状を知ってか知らずか行政や環境関係の市民団
体までもが「車をやめて鉄道に乗ろう」というキャンペーンを行っている。
つまり、利用者の実感が向上すれば口コミで公共交通の利用促進は、新快速現象を見
るまでも無く可能なわけである。

 運賃を支払って乗車する以上、その快適性に非常な格差を生むことは交通政策とし
ての整合性に欠ける。そしてこれまで主張した利便性のガイドラインの欠如と併せ
て、鉄道会社に対しては利用者を運ぶ割には利用者の声を届ける仕組みがない。着席
にしろ鉄道のダイヤ編成にしろあるいは駅の新たなる改札口の設置にしろ、鉄道事業
者に御願いする立場に終始しているのが現状である。
ドイツでは事業者・利用者・行政の三者の協議機関が存在し実際ダイヤ編成等におい
て、利用者や沿線自治体の意見が反映できるシステムがあるが、日本では強いて言え
ば有力な政治家が働きかけでもしない限り、駅の一つも出来ない。
国鉄民営化を総括しても長期債務処理と労働問題の処理に重点がおかれ、利用者の
サービス向上は民間会社だから当然公営よりよくなると期待値だけであったのではな
いかと見ていいのではないか。規制緩和する部分と規制強化されなくてはならない部
分のツメの甘さが今日の結果になったといえる。
 鉄道事業法第1章総則部分に「この法律は鉄道事業等の運営を適正かつ合理的なも
のとすることにより、鉄道等の利用者の利益を保護するとともに、鉄道事業等の健全
な発達を図り、もって公共の福祉を増進することを目的とする。」と記載されている
わけだが、実際の内容は国土交通省と各事業者の間だけで進める仕組みになってお
り、住民や利用者の参加する余地はない。
 実際筆者が運輸省(現国土交通省)に要請に行った際に、定員算定基準の違いを突い
たところ、鉄道局の担当者はその事実を確認しようとすることはしなかった。寧ろ鉄
道会社の施策の代弁者と化した発言をするなど、とても現在のシステムでは利用者の
声がどこにも届かない構造になっているのである。
 電車の座席にこだわるならば、ボックス型(転換クロスが理想)である。確かにク
ロスシート/ロングシート論争については、それぞれ擁護派が存在するのは承知して
いる。しかし、席が開いていれば座る、あるいは始発駅では着席のために一列車以上
見送るのが常識であり着席することは全ての利用者が期待している。また「通勤ライ
ナー」「私鉄有料特急」のように着席サービス専用列車の存在、あるいは今日では新
幹線も広義の意味での通勤着席サービスを行っており、着席は鉄道利用における価値
である。また、見落とされがちな視点に仮に全員着席できたと仮定した場合の経済効
果である。平均電車移動時間が仮に45分として設定して往復90分。この90分が
有効に活用されることができれば、経済性の向上にもつながる。実際に道路行政では
首都高速の混雑による経済損失を算定しているし、現在計画中の道路が着工された場
合の経済効果についても試算されているが、是非鉄道側も全員着席、あるいは着席率
の向上比率に応じたその経済効果を示すべきである。少子高齢化のために鉄道会社と
しては鉄道車両に対する投資を抑える向きも出てきた(相模鉄道の10000系)。
しかし、これは逆でありこの機会こそ今まで出来なかった着席サービスの拡充・充実
を図ることが出来むしろ高齢者の社会参加という潜在需要を発掘するところに焦点を
あてるべきでないか。
 つまり現在の混雑率の算定基準を見直していくことこそが生活大国日本のある
べき姿であると考える。


(3)駅施設の着席状況について

駅施設の着席に対する基準も明確ではない。鉄道事業法等を検証しても駅構内の待合
スペースでの着席には触れておらず実質的には事業者任せのガイドラインすら存在し
ない状態である。
特にバリアフリー法の施行以来駅の昇降機やエスカレーターの設置がなされたが、着
席できることも立派なバリアフリーであることには変わりない。駅構内の着席可能施
設についての新幹線や長距離列車の発着する駅あるいは、駅建設当初から待合室を構
えていた駅以外は非常に悪い(上越線の水上駅や新大阪駅等は駅施設の待合所が整っ
ている)。これば鉄道車両や駅舎のついてはその内容やデザインが評価の対象になり
(鉄道友の会設定のブルーリボン賞や関東の駅100選等)交通業者や一般利用者の
注目度も高いものの、駅施設は位置付けとして付帯施設でしかなくデザイン面や話題
性を別とすると興味が抱かれない、そんな状況があるからであろう。
 例えば東京駅や上野駅あるいは都市圏の駅の欠落しているのが無料で使用できる待
合室(所)の欠如であリ、その絶対的な不足である。公共空間(パブリックスペース)
の欠如は何も鉄道施設に限ったことではなく寧ろ日本の都市構造の問題にまでつなが
る問題になるのだが、利用者からすると鉄道敷地内一体がまるで着席を拒否されたよ
ういささか乱暴な空間といえる。
その結果というと例えば日本の玄関である東京駅では休日や多客期ともなると在来線
から新幹線に乗り換える新幹線切符売り場の前の階段に多くの人が腰掛ける状態にな
り、あるいは駅ホームでは新聞紙を敷くご年配の方もいる。上野駅では駅構内の銅像
の横の段差に腰をかける状態で生活大国として世界に誇れるものではない。また、諸
外国から日本を訪問した方に対し見た目が悪いのはいうまでもない。
 ソウル駅では改札前のコンコース一面に広がる待合空間を確保している。首都の顔
になる駅だから、また利用者の数に応じたからこそのベンチの数である。それに比べ
ると東京駅・上野駅それに大阪駅でも喫茶店にでも入らない限り座る場所がなく、
あっても地下に設置してあったりとわかりづらい。
 また高架改築された赤羽駅構内は最初から待合室を基本設計からはずした駅であ
る。標準の駅施設は、出札、関連店舗、そしてホーム施設しかないため、利用者は
絶対数の少ないホームのベンチまで着席はできない。また乗入路線は、いずれも全
国有数の混雑率を誇る、埼京線、東北・高崎線、京浜東北線であり、始発電車のあ
る埼京線(京浜東北線も1日数便あり)以外では車両での着席も保証されない。
 赤羽駅は、利用客の大半を乗換客が占める、典型的な乗換駅である。であるが故
に、コンコースで他の客と待ち合わせる乗換客が大変多い。実際、バリアフリー化
ということでエレベーターの設置があり、通路・階段も広く、乗換移動の円滑性は
十分確保されている。しかし、待ち合わせの乗換客に、座って待ってもらうという
思想は駅の設計から完全に欠如していた。その結果が、改札口付近に立待客が常に
あふれる状態を招いている。
 京都駅にも立派な駅ビルが97年に完成したが改札付近には待合室らしきものは見
当たらない。あれだけデザインを重視しまた敷地面積を広く取っているにも関わらず
待合室はついに出来なかった(新幹線は別として)。そのため京都駅の場合にも駅南
側の商業施設に通じる階段に多くの人が座っており休日ともなると鈴なりの状態であ
る。
またJR九州の博多駅では駅待合空間の撤去に対して行政監察局から改善命令がださて
いる(96年)。この改善命令によって在来線改札内にも待合空間は設置(復活)され
たが階段の踊り場に設置されており一般の利用者からはわかりづらいものとなってい
る。
 地方の鉄道駅でも福知山駅のように待合室のベンチをほとんど撤去しベンチ跡に喫
茶店を設置し、「座りたければ金を出せ」といわんばかりの駅も登場した。ちなみに
福知山駅の駅待合室の椅子は8つであり、しかもそれぞれ柱を背にしてそれぞれ一人
分しかない。これは家族やグループ旅行の際に気まずさを覚える設置方法であり、供
給者の論理で決められいる象徴でもある。
 地方都市の盛岡駅でもかつては1階の駅の中心部に待合室を設置していたがJRに
なって駅の2階新幹線南口前に待合室が移動になった。そのため高齢者を中心に1階
に待合室を復活して欲しいとの声がでたため1階のコンコースにベンチが設置され
た。しかし、コンコースに設置されているため冬季の利用は寒く好ましいものではな
い。
また水戸や仙台、高崎のように駅改札内に待合室を移動した例もある。空港施設や船
舶の待合室とは違い鉄道は改札内に待合室を設置する例が散見されるが、見送りや出
迎えに際し特に大都市ターミナル駅の場合待合スポットが不明確になりがちで他地区
から訪問する場合は行き違いや迷子の原因にもなる。
こうしてみると首都圏の駅では着席出来る待合室施設が皆無に近い状態であったり、
または利用者の絶対数からして着席できる施設が少なくその結果、立つことを強制さ
れる。とくに、国鉄時代には整備されていた駅内の待合室は売店や関連店舗に変化
し、無料で使用できる待合室は駅の隅に追いやられるようになっている。また待合所
が設置されていてもその空調の問題のある通路兼用の部分であったり、また、一見デ
ザインを重視しているようで実際は寝そべれないような構造もあり、親子連れには使
いづらい「設備」になっている。
駅構内も待合所の設置・復活は駅の階段に手すりが着くの同様にバリアフリー対策の
一環として早急に整備すべきである。そして高齢者の社会参加を行うためにも、途中
で「腰を降ろす」施設は必要不可欠である。また健常者でも仕事帰りには誰でもが座
りたいものだ。
 また最近ではこのパブリックスペースですら無店舗販売の売店(ネクタイやバッ
ク、CD)が通路をふさぐ形で出店しており、駅構内の着席できない状態に輪をかけて
いたずらに通路を塞ぎ混雑や騒音を助長させる形になっている(写真 )。
 

(4)駅ホームの着席状況について

 駅施設に座れないことと同様に駅ホームにも駅のベンチが少ない。フリークエン
シーサービスによるほぼ待たずに鉄道を利用でき3〜15分以内で電車が来るという
わけで便利であるのが大都市圏の常識であるが、電車が座れるとは限らないという点
を見落としている。仮に座れないとしたら、移動を始めてから目的地にいたるまで立
ちっぱなしという状態にさらされる。
また、電車が来る間の3〜15分も座って待ったほうがいいに決まっているわけであ
るが実際は駅のベンチも絶対数が足りなく「立つことを強制」される。
例えば都営新宿線の市ヶ谷駅を例に挙げれば、駅ホームの全幅に余裕が
あるものの相対式ホームにはそれぞれ5人掛けセパレート型プラスチックベンチが3
箇所しかなく、上り下りそれぞれ15名しか座れない。しかも、電車の着席とは違い
設定された駅ベンチの定員どおり乗客が着席することはなく、5人掛けベンチであれ
ば両端と真ん中の3名の着席が一般的である。つまり、駅ベンチの少なさに加えベン
チの構造にも問題があり実際の着席可能人数は1ホームにつき9名(?)という凡そ
バリアフリーとは絶縁された「立待」の空間になっている。都営地下鉄では他の駅も
同様にベンチ数は一ホームに付き2〜5箇所で実質定員は6〜15人程度で着席スペ
ースが少ない。つまり駅ホームの場合、供給者の発想によるベンチ着席定員は不可能
であり隣人と接しない程度の間隔をもったベンチを導入しなければ施設の有効活用は
できないのである。事業者によっては駅のベンチを仕切りのないベンチから前述のプ
ラスチック製セパレートベンチ、そして跳ね上げ式から、金属棒を2段に設置しその
隙間に腰をかけてもらうもの(主に駅ホームの狭い部分)、比較的古い例では駅の壁
との一体型まである。

また、地域や路線によっても駅のベンチの数や待合室の有無がはっきりしている。
例えは同じ首都圏でも東武鉄道(川越市やふじみ野等)や京王電鉄(京王多摩セン
ターやつつじヶ丘等)、東急(奥沢や旗の台等)では外気遮断式の待合室がホーム上
に完備されている。しかし、JR線でこの外気遮断式の待合室は首都圏では見当たら
ず、横浜線の相模原駅のように外気遮断どころか雨が降ると露で椅子に座れなくなる
ホームがあるなどの着席に対する軽視した姿勢が顕著に表れている。
また、京成や西武、東急(東横や田園都市)、相鉄、小田急、京急には外気遮断式は
設置されていないなど事業者間でも格差が生じている。
しかし、関西地区の私鉄は積極的に転換クロスシート車を導入する社風もあってか駅
ホームのベンチの数や待合室のつくりもしっかりしており、関東と比較してもカル
チャーショックを受けるほどのインパクトがある。
例えは阪神電車ではほとんどの駅に外気密閉式の待合室が完備されており、椅子の作
りも隣の人と当たらないように配慮されたつくりである。またホームに2箇所外気遮
断式の待合室が設置されており(京阪電車枚方市)、また普通電車しか止まらない駅
でもベンチの定員が50名以上ある駅も存在する。
構造的に言ってベンチ設置の不可能な阪急の中津駅のような特例を除けば関西地区の
駅のベンチについては関東の事業者は理想としてよいのではないか。
また、中京圏であるがJR東海道線ではJRになって外気遮断式待合室が整備された駅が
出来た(岐阜や垂井、尾張一宮等)また、風防を設置し待合所の設備(三河安城や大
府等)、もあってJR会社のなかでは一番駅施設に力をいれている。
また並行する名鉄も駅も外気遮断式も待合室(新一宮や須ヶ口等)がある。

 ちなみに三大都市圏以外の駅のベンチ数については例えば地下化された仙台の仙石
線各駅をみても陸前原町駅では4人掛けプラスチックベンチが4箇所で計16名分の
定員、地上駅の島式ホームを採用する福田町に至って駅ホームのベンチは4人掛けが
2箇所定員では8名しかない。高城町など駅ホームに待合室の設置されているホーム
もあるが、仙台近郊だけを見ると待合室設置はない。仙石線の運行本数を見ると5〜
15分おきであり15分近く立たせられることを考えると車との競争上不利であるこ
とに疑いの余地はない。
 ただJRでも熱海や米原のように乗り換え客の多い駅や北国(東北線の黒磯以北等や
北海道全域)や雪国(北陸、や高山線、東海道線の関が原付近等)のように冬季対策
を考慮された駅ではほとんどのホームに待合室があり、運行本数が比較的少なく冬季
の気候が厳しい地区は逆にほとんどホーム待合室が完備されている特徴もある。


 第3章 まとめと提案
「着席」が保障されないことは公共交通の長所を食いつぶす大きな痛手となる事は明
らかである。短期的に可能なこととしてには駅ホームのベンチを増設すること、特に
首都圏では外気遮断式の待合室の増設・設置であろう。これには監督官庁のガイドラ
イン策定を含めて早期に指針を作成すべきであろう。特に新線建設における駅待合室
やベンチ数のについては一定の最低基準が必要である。電車に座れるかどうかわから
ないのであればせめて駅ホームでは全員着席を実現すべきである。極端な言い方をす
れば全幅に余裕のある相対式ホームについてはその壁側は全てベンチにする、くらい
の配慮があってもいい。
 また、中期的には利用者の利便性向上の指標を加えるべきである。特に「着席率、
着席定員」の明確化、そして定員算定根拠を「着席と立ち客」に区分する必要があ
る。これまで鉄道会社は混雑率という指標を用いてその混雑の度合いを測定してきた
が、これからは「着席率」「立ち客割合」という新たな指標を設定し現状の着席状態
とその向上のためのに力を注ぐべきである。そして着席率向上の諸政策をとる必要が
ある。
 各路線別の着席率を時間別区間別に算定し公表し、更には改善する方策を検討すべ
きである。鉄道事業者の「公共交通としての公共性」と「営利企業としての企業性」
の使い分けを監視し、このような情報は公開に値するものであり、長期間にわたり改
善されないものに関してはその改善の方策も併せて指導すべきである。
 また電車の構造も首都圏でも関西のような新快速型の電車(オール転換クロス)を
中長距離使用に運用することが理想である。短期的な改善可能点とすれば、東急東横
線の9000系が実施している連結部分でのボックス席をロングシート車の標準とす
ること、またロングシートの幅(ピッチ)についても43センチよりも広げることを
提案したい。せめて48センチ幅があればロングシートであれば7人がけの席につい
ても男性7人掛けでも余裕ではないか。
また国鉄時代には頑なに配置された中長距離電車のセミロングシート車についても復
活すべきである。特に東北高崎線の快速列車のロングシート車の運用は鉄道のイメー
ジダウンにつながる。
 利用者的観点に立つのであれば、鉄道事業者による着席率低下の施策(意図的車両
削減やロングシート化)には厳しく対処・指導しなければならない。特に東北で導入
された701系通勤電車の短編成長距離運用や紀勢本線の和歌山以南や播但線や山陽
本線岡山付近の103系等の座席配置またJR北海道の731系ロングシート車等と地
方の実情を無視した座席配置については早急に改善すべきであり、これらの地方では
鉄道に対するイメージダウンと鉄道離れにつながっている(JR西日本の導入したキハ
120系によるトイレ無し列車の問題も事業者の都合や合理化により利便性が悪化し
た例になる。これらは、国の公共交通政策や利用者の利便性の向上要請に対し逆行す
る暴挙である。ただ実際奥羽南線の秋田〜新庄間では地元の要請によって一旦ロング
シート車が導入されたが3両だけは千鳥配置式としてボックス席を設置・復活した例
もみられ頑ななJRにも変化の兆しがみられるようにはなった)。
 実は利便性向上の指標については既に経験づみである。かつて首都圏では80年代
後半から車両に冷房設置を始めたがこの時に「車両の冷房化率」という指標を各社間
で競っていた。これは利用者の利便性向上の指標としてみていい。
一旦指標が出来れば数字上の比較が容易になり各社間での着席率向上の競争が促進さ
れる契機となろう。
 そして、利用者の声が公共交通に反映されるシステムを作る必要がある。着席につ
いて検証した結果、事業者と監督官庁の「提供者の論理」が優先した結果、今日の鉄
道における利用者不在の施策が明らかになった。
 今後は利用者とのコンセンサスづくりについて「選ばれた乗客と事業者の話し合
い」ではなく、一般客も広範に鉄道事業の意思決定へ参加できる仕組みの構築、場
の設定を進めるべきであり、法的にもそれを保証することが必要である。


文献
鉄道ジャーナル各誌
鉄道ピクトリアル各誌
時刻表2001年7月号(JTB)
通勤電車なるほど雑学事典 川島令三
交通権第16号「国鉄分割民営化の神話と現実-JRによる知られざるロングシ-ト問題
からの検討」 武田泉


協力(駅のベンチ調査協力)
全国鉄道利用者会議会員
斎藤基雄、瀬川ヒロシ、藤村建一郎、清水孝彰、

写真提供
清水孝彰


www.riyosha.org