はじめに
日高横断道路計画は、建設当局の説明としては、日高山脈を隔てた日高と十勝という
圏域間交流と新たな峠越えルートによる安全性確保、従来開発の進んでいなかった地域
での道路網密度(ネットワーク)向上、高規格道路(日高道・帯広広尾道)との接続目
的、物流・観光の促進、等を主たる目的としている。またこの道路は、開発道道制度に
よる担保、国定公園指定直前の判断による計画という制度的特色も有するものである。
ここでは、日高横断道を主として、土木・道路計画上の観点、土木行政の性格、等か
らを検証するものである。
1.日高横断道開通で期待される当局が指摘する効果の検討
建設当局の説明する同道路開通による効果としては、まず道央-道東間の連絡強化が
挙げられる。これまで公表されたデータによると日高山脈を断面とする交通量は該当す
る国道38(狩勝峠),274(日勝峠),236(天馬街道),336(黄金道路)号線を合わせて
18,600台/日で、そのうちの凡そ5〜6割が274号線、2〜3割程度を38号線、それに次いで
336号線(2000台弱/日程度)、236号線(1000台弱/日程度)となっている(平成6・11
年道路交通センサス、24時間交通量他による)。これらの交通量現況から割り出された
四段階推計法に基づく将来交通量予測における交通量配分結果では、日高横断道経由と
予想される将来配分交通量も1000台/日弱と天馬街道並みの結果であり、天馬街道ルー
トと直接競合しそうである。
また交通需要面から検討した場合、この日高山脈断面(スクリーン)における交通の
OD(起点・終点)の組み合わせでは、帯広・釧路圏と札幌圏の移動が最も多く、次いで
帯広・釧路圏と苫小牧・室蘭圏の結び付きが続いているが、その他についてはきわめて
少数である。さらに日高圏との結び付きでは、札幌圏と苫小牧・室蘭圏との結び付きで
ほとんどを占めている一方、帯広圏を含めたその他の圏域との結び付きはかなり少数に
留まっている。
さらには、日高横断道路を経由して時間短縮効果の出る基点終点(OD)の組み合わせ
が極端に少ないと言う点も指摘される。具体的には、同道路の開通によって距離の短縮
となるODの組み合わせとしては、目的地が直接の山麓の町である静内や中札内の近隣に
限られる。これは、近年開通した天馬街道(国道236号線;浦河〜広尾を結節)が機能
面で類似しており、競合するからである。その他には、釧路方面から苫小牧方面の一部
のOD組み合わせが考えられる。すなわち、釧路から38号線を豊頃まで進み、そこで道道
62号線他を経由して中札内から同道路を経由、静内から235号線を進み、苫小牧方面へ
と抜けるルートである(また釧路から苫小牧の場合、この日高横断道経由のルートと、
日勝峠経由、天馬街道経由との距離差は10km以下と僅差である)。但しこのような進路
は、言わば「抜け道ルート」であり、価格競争面で不利な中小運送事業者や、コストパ
フォーマンスに敏感な一般ドライバーのみに利用が留まる、とも予想される。このよう
に、同道路の開通によるルート短縮という地域的な整備効果は、天馬街道との競合もあ
ってかなり局限されると言わざるを得ない。
物流上の効果としても、時間短縮効果の出る基点終点(OD)の組み合わせが少ないた
め、道東でも北見方面や釧路・根室地方の大部分の地域では同道路を経由することによ
るメリットはほとんど見出せない。同道路開通によってメリットの出る工場や産地とし
てもも十勝中部〜南部の一部や釧路・根室地方の数十施設(六花亭中札内工場、十勝中
札内牛乳工場、他)に限られ、それも道東道の開通でメリットが喪失してしまう程度の
ものでしかない。
こうした交通需要面の状況を考慮すると、今後の道路整備の優先順位としては、まず
札幌圏と帯広・釧路圏の短縮する幹線ルートである国道274号線日勝峠を直接代替しう
るルートをまず整備すべきであることは明白である。仮に、現時点でこの日高横断道を
整備するとなると、このような交通需要面からも道路整備における優先順位に著しい歪
みが生じると考えられる。
次に、日高と十勝との圏域間での交流拡大については、帯広から静内等の交通需要はも
ともと両少数とだと考えられる。そもそもこの両地域間では従来ほとんど交流はなく、
開通したとしても天馬街道で見られたのと同様の効果、すなわちドライブコースとして
の通過交通(道の駅スタンプラリー;国道等の各所に設置された地域振興目的の交流拠
点の「道の駅」を巡ることで景品が貰えるラリー等)を目当てとした観光施設(例えば
優駿ビレッジ「アエル」等)での娯楽的利用を主体とする利用者の若干の増加や、一過
性の自治体交流イベントの開催、等にとどまる可能性が極めて高い。
そして、新ルートによる峠越えの安全性確保について検討する。確かに同道路の静中
トンネル付近は標高700mで日勝峠の1,022mよりは低いが、天馬街道の野塚峠は585mで今
後建設予定の道東自動車道も同様の標高でトンネルを建設する予定である。日高横断道
における標高面での峠越えの優位性が大きいとも言いがたい。また、同道路の未開通区
間は、北海道を東西に分ける変成岩帯で地質がきわめて悪く、最新の技術開発を持って
臨んだとしても難工事によって10年以上の工期延長をきたし、またこれまでに開通した
区間についても抜本的なルート変更や橋梁やトンネルが連続するため、工費の大幅増大
となるのは必至の状況と言える。さらには、開通後の道路維持、さらには運用後の交通
事故時の救急車手配においても、十分な安全性の確保は困難で至難の技となろう。
例えば近年、新ルート開通による抜本的短絡が実現した事例としては、開発道道135
号線富芦道路の開通が挙げられる。この道路によって、札幌圏東部・北部や岩見沢方面
から富良野・道東方面への短絡効果が格段に現れ、ルート上の三笠市内にも一定の経済
効果をもたらしたが、このような道路であれば道路整備の意義は十分に説明できるもの
である。しかしながら、今後道内で建設予定の国道・主要道道の未開通区間でこのよう
な整備効果を期待できる道路はもはやほとんど存在しない。このことを道路当局は肝に
銘じべきである。
以上のような各種の現状を考慮すると、この日高横断道の整備による効果は、従来か
らの建設当局の指摘からはかなり下方修正される可能性が高い。今後要する莫大な建設
費を想定すると、費用対効果はきわめて効率の低いものとしかならないであろう。
2.日高横断道計画で欠落した部分
従来の公共事業、とりわけ道路(網)計画では、短期計画・中長期計画を含め精緻な
四段階推計法を基にした将来交通量の予測と交通量配分という、戦後急速に拡大した土
木工学的手法(統計的数値計算による社会現象の把握、高度成長を前提とした過大な需
要予測)が制度化され、率先されて実施されてきた。これは土木工学という専門知識を
優先させ、さらには圧倒的予算規模を有する道路特定財源制度に支えられた旧建設省の
所管する道路土木分野の「聖域化」を背景とした技官と配下の調査機関(コンサルタン
ト会社)が一方的に構想・計画したものである。また計画過程は秘密にして都合の良い
結果だけを講評してきたため、地域にとっては一見して「バラ色」に見える計画となっ
た。地方の側から見れば、陳情を繰り返すことによって国が公共事業によって道路等を
ただ(地元の直接的な負担なし)で「プレゼント」してくれるというと考えてきたので
あろう。ただ地元とはいっても、建設促進の期成同盟会のメンバーは、一般市民という
よりは首長や役場幹部(理事者クラス)、議会議員、商工関係者というケースが多く、
一般住民には詳細が知らされない場合も少なくない。こうして、そのような諸計画が全
国にばら撒かれてきたのである。そこには、当局に都合の良いもの以外は計画への市民
参加を指一本させないと言う当局の姿勢が見え隠れしており、合意形成や計画手続きは
いまだ極端に軽視されたままの状況にある。
また、天馬街道や今後建設が予定されている道東道等との競合関係には敢えて触れよ
うとはせず、さらには今後の予想される難工事や、維持管理の困難さを著しく過小評価
している。
その上、同道路の計画交通量(千台余り)と少ない。にもかかわらずに自らに都合の良
い制度設立し、道路網整備計画を全面実施しようとする等、建設を強行しようとする姿
勢の背景には、潤沢な道路財源が念頭に置かれているからである。道庁や開発局、期成
同盟会等は、敢えて大元となる生データを公表しようとせず、都合の良い結果だけをこ
とさらに強調している嫌いがある。予算には、政官業の「鉄の三角形」が商事、また国
・都道府県・市町村・公団他の道路行政各当局間では、蜜月(あうん)の関係が存在あ
るため、推進以外の選択肢は存在していない。
その上、同道路の開発道路指定が国定公園指定半年前と、建設促進のため意図的に手
続きをし進めた印象もぬぐえない。このような点からも建設当局には自らの目的遂行の
ため行政手続を進めるのみで、自然環境保全への配慮についても取り違いもしくは過小
評価されていると言わざるを得ない。道内でも千歳川放水路建設問題等が自然保護との
兼ね合いから脚光を浴び、結果的には工事計画が見直されることになった。
土木・建設分野でもこうした河川については、自然保護運動や公共事業見直しの世論の
高揚に伴い,行政側が一定の方針転換を行うべく本省が動き、河川法が改正させざるを
得なくなった。この結果,手続き上だけであっても河川計画に住民参加や合意形成とい
うしくみがとられることとなり、役所の印象も変わらざるを得なくなってきた.しかし
ながら道路計画においては、そのような方針転換は余りにも進んでいない.
そもそも道路計画は、縦割りで行われるべきものではなく、鉄道や船舶、自転車や歩
行者をも含めた総合的な交通体系として議論されるべきである。にも関わらずに、いま
だに道路特定財源の存在を振りかざして、自動車中心の道路だけを取り上げた縦割りの
議論に終始している姿は、国土交通省に統合する以前の建設省(内務省;道路行政)と
運輸省(鉄道省;鉄道行政)のいわば「百年戦争」の枠組みからいまだに脱却できてい
ない証拠である。
このように、道路建設当局は時代の変化に応じた価値付けがきわめて不十分で、社会
情勢を考慮する謙虚さに乏しく言わざるを得ない。
3.今後の道路整備論議に必要な検討項目
従来「聖域」であった道路網整備計画も、今日においては行政改革や歳出削減(予算
制約の増大)、小泉改革に伴う道路公団民営化問題に見られるような「道路」という公
共財への建設合理性や採算性、等の論議が巻き起こっている。道路網整備計画も今後は
、実効的な情報公開による市民参加や合意形成という手続きが必須となって来よう。
また、今後の道路網整備計画ではその必要性や優先順位を厳格に評価していく必要が
ある。ということは日高横断道路の整備の有無は、次に示す道央から道東への道路整備
全体の中で検討され優先順位を確定した上で行われるべきである。すなわち、1)道東
自動車道のどの区間をいつまでにどのような順番で開通させ、事業主体はどこにするの
か、2)道道新得夕張線の峠部の整備をどうするのか、3)日勝峠の改築をどのように行
うのか、を総合的に判断の上優先順位を付け、その議論と連動させて行うべきである。
なお、今日ではネットワーク化のための道路新設の余地は小さく、その結果総花的な「
あれもこれも」の整備は不可能となろう。日勝峠他の峠越え区間の安全性を解消させる
と言うなら、その解決策としては、即効性のある部分的な解決をまず図るべきである。
そのためにも、この日高横断道と直接競合する天馬街道や道東道の関係性を早急に解明
すべきである。
その他に、既に開通後30年を経過しているJR石勝線を有効活用した「カートレイン」
(英仏海峡トンネルで実用化されている鉄道コンテナに自動車を載せて走る列車)構想
についても、今一度検討すべきである。
さらには、従来の土木技術者の価値観の変革のためにも、全国の土木工学科のカリキ
ュラムに「自然保護論」や「市民参加・合意形成論」についての講義(及び現場実習)
を必修とし、公務員試験で必須出題分野とすべきであろう。
参考文献
武田 泉(1992)行政改革と自然保護-国立公園をめぐる林野庁と環境庁の対応を中心
に.林業経済研究123,85〜89、林業経済学会.
武田 泉(1994)交通運輸行政と地方政府の役割-許認可行政からの脱却を目指して-.
北海道自治研究304,16〜25、北海道自治研究所.
武田 泉(1999)北海道の運輸・土木行政の変革とその来るべき将来像.会報178、北海
道開発研究会.(http://www2.comco.ne.jp/~kotuken/seisaku/takeda178.htm)